「え?辞める?」

ハルカは顔を上げた。

「ずっと、このままここで働いてていいのかなって思ってたの。今の仕事は惰性で続けてるようなもんだし、最初からやりたくてやってる仕事ではなかったし。私も40目前に色々と考えるわけよ。だから、ある意味、そういう噂が立って、それでその噂通りにならなかったわけだし、また皆に色眼鏡で見られるのもうんざりなの。辞めるにはいいタイミングかもしれない。」

「嘘。そんなこと言わないで。」

ハルカは私の手を掴んだ手に力を入れた。

「ハルカのせいじゃないのよ。ほんと、最近ずっと考えてたことなの。後輩の三輪カナトもまだ危なっかしいところはあるけど、ようやく少し使えるようになってきたしね。」

そんなこと、今まで思ったこともなかったのに、口に出すと本当のような気がしてきていた。

この年で仕事辞めるっていうのも、なかなか勇気のいることだけど、このまま働き続けてこの先に何があるっていうの?

シュンキとも別れて、新しい一歩を踏み出すチャンスかもしれない。

カイトも海外に行っちゃうしね。

ハルカとの関係もきっとこれから変わっていくと思うから。

「私は大丈夫だよ。ハルカこそしっかりしなさいよ!さ、お互いの新しい門出に乾杯しよ。」

我ながらポジティブな人間だと思う。

端からみたら、無謀なおばちゃんだけどね。

ハルカはようやくハンカチで涙をぬぐった。

そして、複雑な表情をしながらも少しだけ口元をゆるめた。

「乾杯。」

「・・・乾杯。」

グラスとグラスがふれあった。

音のない乾杯。

私たちは静かにビールを飲み干した。