もしかしたら、紗枝さんは、私の気持ちに気付いてる……?
もしくは、疑ってる。


「とにかくダメだ」


恋人の紗枝さんに言うには、少しきついように感じる口調だった。

でも正直、あっくんの言葉にホッとした。
隣の部屋では、あっくんと紗枝さんがひとつのベッドだなんて、想像もしたくない。

恋人同士なら、当然身体の繋がりがあることくらい分かってる。
けれど、壁一枚隔てたところでふたりがそんなことをしているなんて、正気でいられるはずもない。


「冗談よ、冗談。篤哉ったら真剣になっちゃって」


紗枝さんは、トントンとあっくんの肩を叩くと、その手からバッグを取り、玄関へと先に向かった。
その瞬間、あっくんが小さな息を漏らしたのが微かに聞こえた。

ふたりきりになったキッチンで、私たちをどことなく重い空気が取り囲む。

あっくんが紗枝さんの言葉を拒んだことにホッとしながら、その真剣すぎる言い方に私は戸惑っていた。
そこまでして紗枝さんが泊まることを遮ったのはどうしてだろう。

私への単なる気遣い?
それとも……。

あっくんの態度ひとつで、私の心は大きく揺れる。

どちらも口を閉ざしたままでいると、玄関から「篤哉、行かないのー?」と紗枝さんの急かす声が響いた。
その声が緊張に包まれた私たちを解き放つ。


「それじゃ、ちょっと出てくるから」


あっくんはそう言うと、手にしていたコートを羽織ったのだった。