「やだなぁ、紗枝さん、そんなことあるわけないじゃないですか」


口から出て来たのは、否定の言葉だった。
ちゃんと笑えるなんて、私も成長したものだ。

それは、ある種の防衛本能なのかもしれない。
もしも、『ある』と言ってしまえば、あっくんと私の関係までおかしくなってしまうから。
それに、そのひと言を持ってしても、あっくんと紗枝さんの関係を壊すことなんて出来ないということを分かりたくなかった。
それは最後の砦だから。


「そ、そうよね。ごめんね、変なこと言って。それに、二葉ちゃん、彼氏がいるんでしょう?」


目を見開く私に、紗枝さんは、「篤哉から聞いたわ」と付け加える。


「……はい」


浮かんだ部長の顔が、奈落の底まで落ちてしまいそうな私の心を、何とか引き止めてくれた。
恋人ごっこに過ぎない彼氏だけれど、部長の穏やかな眼差しを思い出すだけで救われた。


「紗枝、家まで送るよ」


キッチンに入って来たあっくん。
上着を羽織りながら、手には紗枝さんのコートとバッグを持っていた。