あの時は、あっくんに婚約者を紹介されて、そんな気分じゃなかったから。
ただ家に帰りたくないっていう理由だけで、あの席にいたようなもの。
普段から冷めたような態度を取るほうではないと、自分では思っているけれど……。
「けど、今日の稲森を見てると、俺の言動に顔を真っ赤にして反応したりして」
……全部気付かれてたんだ。
更に決まりがつかなくなって、俯いた。
「……可愛いよな」
部長は優しい顔に少しだけ頬を赤くして笑った。
最後に追加された一言が、顔ばかりじゃなく耳まで赤く染め上げる。
部長の視線を感じ続けて、どういうリアクションを取ったらいいのか分からなかった。
ほんと、どうかしてる。
今までだって、ほかの男の人とそういう状況はあったのに。
相手がどんな言葉を発しようが、どういう態度を取ろうが、余裕でかわせていた。
いつだって、どこか他人事のように聞いていたような気がする。
私の心に全然響いてこなかったのだ。
それなのに、部長が相手だと、どうも直撃されてしまうらしい。
もしかしたら、部長が私を彼女にした理由は、そこにあったのかもしれない。
クールな女だと思ったからこそ、後腐れがないだろうと判断したから。
まだ吹っ切れていない元カノを想いつつ、思い出に浸りながら付き合っていけると。
それならば、私はそういう女を演じてあげるべきなのかもしれない。
部長は、“彼女”という立場の女が欲しかっただけ。
私だって、あっくんの代わりに、一緒の時間を過ごしてくれる人が欲しかっただけなのだから。