「……部長、」
「ん?」
私は何を言うつもりなんだろう。
本当は違うんです、兄とは何でもないんです、とでも?
お腹に、部長との子供がいるんです、とでも?
視線が絡み合ったまま、何も言えなくなる。
今、何か口に出したら、全て話してしまいそうだった。
自分で選んだ結末なのに。
私から別れを切り出したのに。
こんなにも部長のことを好きになっていたなんて……。
別れて余計に想いを実感する。
そうして、ものすごく長い時間が流れたように感じた。
部長も私も、ひと言も話せないまま、“無”の時が過ぎ去っていくばかり。
けれど、そんなふたりの時間は、部屋のチャイムが鳴らされることでプツンと断ち切られた。
壁に掛けてあるインターフォンの受話器を部長が取ると、「友里恵です」という声が漏れ聞こえてきた。
その声に胸が悲鳴を上げる。
この部屋に来るほど親密になっているのだ。
確実に、着実に、彼女との結婚は進んでいる。
そういうことなのだ。
今さら私が何かしたって、未来が変わるわけじゃない。
そう悟るには余りあるほどだった。