震える唇。
嘘を吐くことが、こんなにも苦しいことだなんて思いもしなかった。
肩に置かれた手に力が込められるのを感じた。


「彼には婚約者がいるんだろう?」


ハッとして顔を上げる。


「それは……」


答えはちゃんと用意していたはずなのに、部長に強い視線で射抜かれて、何も言えなくなる。
痛いほどに手を握り締めた。
時間が経つほどに、口も重くなる。
用意した言葉は、何ひとつ出てきてくれなかった。

黙り込んだ私たちのもとに、満を持したあっくんが登場した。


「俺たち、気持ちを確かめ合ったんです」


私に寄り添うように立つ。


「お互い、ずっと苦しんできたんです。でも、もう逃げません。兄と妹だろうが、この気持ちに嘘偽りはない」


私の肩に置かれた部長の手を払いのけると、あっくんは私の肩を引き寄せた。

部長とあっくんの睨み合う視線が絡まって、重い空気が立ち込める。
呼吸さえ出来ているのか分からなくなった。

これでいいんだ。
これが最善の方法だから。
これしか部長を救う手立てはない。
そう言い聞かせて、今にも「本当は違うんです」と言ってしまいそうになる自分の口を必死に封じた。

悲しみに歪んだ部長の顔を、きっと私は一生忘れられない。
傷ついた部長の顔を……。