◇◇◇

「稲森二葉さん、ですよね?」


そう言って呼び止められたのは、仕事を終えて社屋を出た直後のことだった。

振り返った先に立っていたのは、見ず知らずの女性だった。
ストレートのロングヘアに大きな瞳。
小柄なのに私よりも背が大きく見えるのは、ヒールの高いパンプスを履いているせいだ。

立ち止まった私の前に、そのヒールの音を響かせて、ゆっくり近づいて来た。

……誰だろう。
ぐるりと記憶の回路を辿っても思い当たる人物はいなくて、「……はい?」と、若干疑問形で答える。


「ちょっといいですか?」


今度は違う質問を投げ掛けられて、さらに小首を傾げる私に、その女性は少し苛立った色を目に滲ませた。


「……あの、どちらさまで――」

「相原仁と別れてください」

「……はい?」


今、何て?
部長と別れろって言った……?

はっきり聞き取れなくて、彼女の顔をじっと見つめる。