ホテルを出て、あてもなく歩く。
冷たいほどの風が、逆に頭を冷やしてくれて助かった。
どこからか波の音が聞こえたような気がして、何となく足を向けてみる。
もう、何年も潮風なんて感じたことがないから、たまにはいいかもしれない。
今にも消え入りそうな三日月が見下ろす空の元、徐々に大きくなる波音に導かれるようにして、砂浜に下り立った。
白いしぶきがたまに見える以外、吸い込まれてしまいそうなほどに真っ暗な海。
真夜中の浜辺は、当然のごとく誰もいなくて、かえってそれがちょうど良かった。
サラサラに乾いた砂の上に腰を下ろすと、すっかり冷え切った砂の下から、昼間の太陽に温められた砂が顔を覗かせた。
十年以上も囚われ続けた想い。
それが、ほんの一夜で姿を変えてしまうなんて、思ってもみないことだった。
あっくんしかいない。
あっくん以上に想える人には出会えない。
そう思い込んでいただけなのか。
いつの間にか、兄として慕う気持ちを恋心だと勘違いしていたのか。
本当の兄妹じゃなくても、戸籍上の繋がりしかなくても、あっくんはやっぱり私の兄で、それとは違う形にはなれないのだ。
そんなことを繰り返し考えながら海を眺めていると、水平線からオレンジ色の光が姿を現し始めた。
……朝が来る。
瞬く間に昇っていく太陽。
冷えた身体もオレンジ色に染まっていった。