今更もう帰る場所もありはしない。

両親の遺骨も、菩提寺の納骨堂へ預けてしまった。


それなのに何故、今、行けと言うのか……。


何を確かめに?

傷を深めにか?



自分の故郷へ戻り、彼女は心を癒されつつもやはり傷を負ったと思う。

それでも、子供の為にあの場所にもう少しだけ残ろうとしている。

その意味が知りたくて、後から手紙を書こうと決めた。




水路の走る道端にふきのとうや土筆が顔を出し始めている。
その様子を眺めながら、津軽邸へと到着した。


いつものようにドアベルを鳴らすと、中性的な声が「どこのどなた?」と発した。


「出版社の小野寺です。ご無沙汰しております」


あの日、彼女の話を聞いて以来の訪問だった。
萌子さんはふざけることもなく、ゆっくりと扉を押し開けた。


「分からず屋さん、いらっしゃい。少しは物分かりのいい中年になったかしら?」


半ば怒ったような表情をしているのは仕方ない。
話を聞くだけ聞いて、その後どうしたかを教えずにいたからだ。


「なったと思いますよ。多少なりとは、ね」


詳しいことは中で話すつもりだった。
ドアを大きく開け放つと、俺を招き入れて津軽先生を呼んだ。



「芽衣ちゃん〜!どうしようもないお客さんが来たわよ〜!」



「は〜〜い!」


そんな言い方で伝わるのだから世話のない人達だ。
先生はパタパタとスリッパの足音を立ててやって来た。