一歩歩み寄る。
反応はない。
もう一歩、もう一歩。
やはり無反応。
もう一歩進むと爪先が触れてしまうからここで足を止めて、顔を乗り出してみた。
顔の間にこぶしがいっこ入るくらいの間隔で、ようやく柏木くんの瞳がこちらを映した。
つい先程までは私の存在を主張したいがために距離を縮めていた筈が、いざ間近で意識を向けられると、唐突に我に返って咄嗟に仰け反った。
残ったのは羞恥心のみだ。
今回ばかりは柏木くんも僅かながらに不信感を抱いたようで、何も言わずにただじっと見詰めてくる。
感情の読み取れない双眸から、何故か責め立てられるような感覚を受ける。
焦るあまりに何を言おうかと頭で考える前に口が開き、無意識の内に舌が言葉を紡ぎ始めた。
「えっと、か、柏木くん」
「何」
「良ければ傘一緒にはい、入る?」
「ありがとう」
恐ろしいくらいに決断が早い。