人は果たして他者への関心をなくして生きていけるのだろうか。
「誰だっけ」
微かに困惑の混じった声色は、とても冗談を言っているようには見えない。
私に返答を考える時間すら与えずに立ち去る少年の後ろ姿をぼんやりと眺めながら、私は人違いでもしたのだろうかと思い返す。
否、彼は確かに私と同じ高校に通い同じクラスに所属し、尚且つ席も隣同士である柏木くんで恐らく間違いない筈である。
ドッペルゲンガーであるという可能性は非常に低いためこの際は隅においておこう。
朝の登校中、うっかりパスケースを落としたところを、偶然側を通り掛かった若宮くんがそれを拾って渡してくれた。
そして私が「ありがとう、柏木くん」とごく一般的なお礼を述べると、何故俺の名前を知っているのだと言わんばかりに顔をしかめた彼の口から「誰だっけ」という言葉が吐き出されたのだ。