病室へ入るとママの姿はなかった。


私はおじいちゃんの傍に寄る。おじいちゃんは私の存在に気付くと顔だけゆっくりと向けた。




初めておじいちゃんと二人きりになる。

血はつながっているけど、ちょっと遠い存在に感じるおじいちゃん。なんだか緊張してしまう。




「あの・・・・えっと、ママに頼まれて印鑑持ってきたの。これ・・・・。」




印鑑をおじいちゃんの目の前に差し出した。

しかしおじいちゃんは動かない。


もどかしそうな顔をしている。




そっか。動けないんだ。




 私はベッド脇の引出しをあけ、印鑑を入れた。


「ここに入れておくからね。」


 おじいちゃんはよく聞き取れないかすれた声で、ああ、と一言いった。






 一連の動きを終え、沈黙が生まれる。


病室の時計の秒針の音だけが異常に聞こえてくる。


おじいちゃんは何もない白い天井の一点を凝視して何も話さない。時々せき込むくらいだ。



廊下の看護師たちのばたばたと走る音がうるさい。


ドキドキとしている自分の心臓もうるさい。





もう帰ろうか。


ママはどうやらいないみたいだし。

きっと性懲りもなくこの病気のおじいちゃんと喧嘩でもして、怒鳴り散らして帰って行ったんだろう。

あ、でもそうだとしたら・・・・・。