卒業も間近に迫り、教室の雰囲気はどこか落ち着きがないように見える。

授業が終わる度に会話で賑わい、喜びと寂しさの感情が入り混じっている。


「ふう」


そんななか窓際に移動し、一人そこからの景色を眺めた。

この時期、思い出作りに追われる高校三年生が多いのだろうが、そういう気分にはなれない・・・


「おいおい、なに感傷的になってんだよ」


笑顔で八坂雅(やつさかみやび)が近づき、傍にある机の上に座った。

それに続くように、石動光太郎(いするぎこうたろう)が椅子に座り、いつもの三人になった。


「まあ、気持ちは分からなくもないけどね。お前の高校生活は、二年の夏休み前に終わったようなもんだからな」


「勝手に人の高校生活を終わらせんな・・・それに、そんなんじゃねえよ」


とは言いつつも、半分近くは当たっていた。


「二年の夏休み前・・・ああ、桜沢さんか」


全く悪気が感じられない表情で、コウはさらりと言った。



桜沢紗希(さくらざわさき)は、一昨日の夏まではうちの高校の野球部のマネージャーだった・・・


「桜沢さんと仲良かったもんな」


「いやいや、仲が良かったってもんじゃないでしょ」


コウとは対照的に、雅が不敵な笑みを浮かべてこちらを見る。

きっと、何を言っても無駄だ。

口で雅に敵うわけがないと諦め、ため息をつきて窓の外を眺める。
「何話してるの?」


三人の中に、真美沢海(まみさわうみ)が入ってきた。

その後ろでは親友の董院(とういん)すみれが、「やれやれ」と口に出しそうなくらい面倒そうに立っていた。

こちらもまさにそんな気分だよ、と彼女を見て思った。


「あっ、海ちゃん。例の雑誌、早速立ち読みしたよ」


「立ち読みって・・・お前、買えよ」


海は女子野球部の主将で、全国的にも有名な選手だ。

更にうちの高校にはもう一人、女子ハンドボール部のエースである水谷百合(みずたにゆり)という全国的にも有名な選手がいる。

二人揃って取材を受け、その雑誌が昨日発売されたのだ。


「いいよな・・・」


少し皮肉を込めたつもりだったが、どちらかというとそれは羨ましさを感じるような声になってしまった。


「そんな恥ずかしいよ。あっ、さくらからも昨日電話貰ったんだ」


不意を突かれて、思わず目が見開いてしまう。

雅のほうを見ると、先程と同じように不敵な笑みを浮かべていた。


「偶然だねえ・・・実は俺たち、さっき桜沢さんの話してたんだよね。なあ、一樹」


わざとらしくこちらに話を振り、肘で小突いてくる。

「やめろよ」と払いのけるが、それでもひつこく繰り返してきた。
「・・・全然、連絡してないんでしょ。さくら、寂しがってたよ」


明るい表情が少し曇ったように見えた。

その後ろでは董院さんがどこか慌てている様子で、それが気のせいではないと思えた。


「ちょっと、海。あなた、そんなこと言わなくても・・・」


「だって、本当のことだもん」


董院さんは一つため息をついて落ち着きを取り戻し、哀れむような表情で海の肩を叩いた。



転校して三ヶ月後の修学旅行で再会し、それからしばらくは連絡を取り合っていた。あらく

しかし、昨年の春、全国高校野球のテレビ中継で、さくらさんの高校が勝利しエースと抱き合っている姿を見て、邪魔をしてはいけないと連絡することをやめた。


「海。これ以上あなたの口から何も言わなくていいわ」


「あっ、すみれ・・・」


海の手を引っ張り、董院さんは自分の席へと戻っていった。



先程までの三人の空気とは、明らかに変わっていた。


「電話・・・しろよ。多分、海ちゃんはそう言いたかったんだよ」


「でも・・・」


「分かってやれよ、海ちゃんの気持ち。董院さんがあんなことするんだ、本当は辛いのに・・・お前のこと思ってくれてるんだよ」


そう言って、雅も自分の席へと戻っていった。



下を向き、舌打ちをする。

それでも、まだ迷っていた。


「おい、一樹。俺はいまいち状況が掴めないが、とにかく後悔だけはすんなよ」


背中を叩いて、コウも自分の席へと戻っていった・・・
学校も終わり、帰宅しても落ち着かなかった。

テレビや漫画を見ていても、ただ映像が流れていくだけの時間が無駄に過ぎていった。



帰宅してから、何度目か分からない溜息をつく。



原因ははっきりしている。



学校の昼休みでのことで、さくらさんに電話しようか迷っているのだ。

昼休みのことを思い出しては受話器を取り、すぐに離してしまう。



別に付き合っていたわけではない。

仲は良かったが、お互いそういう風には思っていなかったと思う。
家の人が出たら切ろう


逃げ道を作ることでようやく踏み切れたのが、帰宅してかなり時間が経ってからだった。


「はい、桜沢です」


その声を聞いて、思わず切ろうとしてしまう。

しかし、本人が出てきた以上、切るわけにはいかない・・・


「あっ、あの我那覇といいますけど」


「えっ・・・あっ、私です。紗希です」


お互い緊張しているような、どこかぎこちない言葉だった。



それでも、彼女の声を聞いて少しは楽になり、「久し振り」と今度は違和感なく言えた。

彼女もどうやら緊張が解けたようで、くすりと小さく笑った。


「もう、突然だったから、ちょっと驚いちゃった」


「電話は突然かかってくるもんだよ」


「ふふ・・・相変わらずだね」


「・・・とは言いつつも、突然で迷惑じゃなかったかな?」


「ううん、全然そんなことない」


迷惑だったかと聞かれたら、そう答えるのが無難だろう。

よほど嫌であったり、都合が悪くなければ・・・


「むしろ・・・嬉しいって思ってるもん」


「えっ」


今、彼女は「嬉しい」と言ったように聞こえた。

いや、小さい声だったが、確かにそう言ったはず。


でも


昨日、海と電話して、今日も昔の友達から電話がかかってきたら、そういう言葉も出るのだろう。


「もうすぐ卒業だね」


「本当、月日が経つのって早いよ」


「昨日ね、海ちゃんに電話したの。雑誌見たら百合ちゃんと二人でインタビューされているから、思わず嬉しくなっちゃって。さっきも百合ちゃんに電話してたんだ」


嬉しそうに話す声に、彼女の姿を思い出す。

彼女は今みたいにいつも元気一杯で、思い出す姿はいつも笑顔だ。
「どうしたの?」


思い出に浸っていたので何も話さなかったからか、彼女は心配そうに訊ねてきた。


「あっ、ごめん。ちょっと、初めて会ったときのことを思い出していて・・・」


「ええ、恥ずかしいよ。忘れてって、言ったじゃない」


「いいや、忘れないよ。海の忘れ物を届けに女子野球部の部室のほうへ行こうとしたら、男子のほうの部室から凄い物音がして・・・覗いたら、荷物の山の中に雪だるま状態でさくらさんがいたんだよね」


「もう・・・」


二人で思い出して笑った。



よくこうして二人で話して、色々なことで笑い合った。



それが、本当に突然・・・


「ごめんね」


「急にどうしたの?」


「黙って転校しちゃって・・・一緒にいるうちに、どうしても切り出せなくなって・・・」


本当に突然だった。



いつものように学校に行ったら、いきなり転校したと言われたのだ。

その前日も、普通に一緒に帰っていたので信じられなかった。



あのときは本当に寂しく、しばらく学校で何をしていたのか思い出せないくらい抜け殻状態になっていた。



けれど・・・


「そんなこと・・・全然気にしなくていいよ」


今はそんなことを話しても仕方がない。

こうやって暗くなるために電話したわけではないのだ。