くるるのパン屋は、一言で表すならば「個性的」だった。
漢字一文字にするのなら「変」だ。
まず、扉を開けると音が鳴った。からんからん、という鈴の音などではない。
「貼り紙は読みましたか?」
扉の上から、そんな言葉が降ってきたのだ。驚いて振り返ってしまった。機械の声で、抑揚なく、確かにそれは脅しのように客たる私を出迎えた。
貼り紙。男性お断り、の事だろう。それを知らずに入ってきた男性を威嚇し、追い出すための装置らしかった。
「いらっしゃいませ!」
右手にあるカウンターから明るい声が飛んできた。
ポニーテールの女性が、鑑定するようにこちらを見つめていた。やがて立ち上がり、傍へ寄ってきた。
「初めまして、で良かったかしら?」
「あ、はい。初めまして」
「ごめんなさい、驚いたでしょ?男は絶対入れたくないから、入り口は色々仕掛けてあるの」
出迎えの声以外にも何かあるようだ。知りたかったけれど、「帰らない男への最終手段」だとしか教えてくれなかった。
圭介さんの話で勝手に作り上げていたイメージとは違い、くるるはとても人懐こい女の子だった。若い女性、なんて彼が言うから二十歳前半くらいかと思っていたが、それより若そうだ。
「嬉しいわ、同じ年くらいの女の子ってあまり来てくれなくて」
「おいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くなんて駄目よ」
気にするほどの年でもないだろうに、くるるは頑として答えなかった。
トングとトレイを取り、売場を回った。
良い香り。
焼きたてのパンの匂いがする。トングでアップルパイを掴むと、さくっ、と小気味良い音がしっかりと聞こえた。
「このアップルパイって、林檎園の…」
「うん。あそこの林檎、美味しいから。生産者はね、嫌いなんだけど」
「圭介さんと何かあったんですか?」
「酷いのよ。このお店を始めたばかりの頃、美味しい林檎を育ててる人が居るってお客さんが教えてくれたの。アップルパイはその時には商品には無かったから、林檎を沢山売ってもらえれば作れるって期待して行ったのよ」
「はぁ」
「会ってみたら男よ。ツナギ着て、土に汚れて、頭に木屑が付いてて。蕁麻疹出たのよ、私。彼、味見をどうぞって林檎を一つくれたんだけどね。それだけ受け取って全速力で帰ったの」
「その場で食べずに?」
「だって、彼、男よ」
徹底的な男嫌いのようだ。
「林檎は美味しかったから、手紙を出したの。アップルパイ用に林檎を売って下さいって。お前のパンは美味いから好きだ、だから特別にって返事が来たわ。かまどに入れて燃やしたけど」
「手紙も嫌なんですか…」
「おぞましい」
圭介さんとの出会いを思い出したせいなのか、彼女の腕に蕁麻疹が出始めていた。
「汚物の話は良いの、止めましょう」
「お、汚物」
「敬語は嫌よ。お友達になって欲しいわ。くるると呼んで。あなたは?」
自己紹介をすると、くるるはすぐに「桜」と呼んでくれた。
「綺麗な名前ね」
「くるるは可愛いけれど変わってる」
くるるは照れ臭そうに笑って、私のトレイにサンドイッチを二つ乗せた。
サービスしてあげる、と言って。
「でも、くるる。男の人を断ってたら店潰れたりしない?」
「おばさまのファンも多いの。平気」
「どうしてここまで?」
突っ込みすぎた質問だったと焦ったが、くるるは気にしていない様子で、首を横に振った。
「慣れてるから良いの。気になるのが普通よ。でも説明ができなくて、何となく嫌だとしか」
「何となく?」
「蕁麻疹が出るの。吐き気がしたり、震えが止まらなくなったりもする。どうしてなのか分からないけど、だから男は嫌」
それに、笑顔は気味が悪いし。髭は気持ち悪いし。
くるるは最後に、主観的な悪口を言い並べた。