2、自分の世界


「と、永久の楽園?何それ」
とりあえず、会話を続けるチャンスだと思った私は目の前の黒猫に問いかける。
「永久の楽園は永久の楽園さ」
「意味分かんないんですけど」
「永久の楽園は姫が作り出した世界だよ」
「だから分かんないって」
「ここは永久の楽園だよ」

とりあえず喋ってみて分かったこと。
この猫、喋れるけど会話が成立しない。
せっかく何か分かるかと思っていただけにそれなりに落胆もあって、思わず「はあ…」と溜め息をついた。

「疲れてるのかい?」
「まぁね…」
そりゃあ誰だって、自分がこんな見知らぬ所に来てしまって(原因不明だけど)、手掛かり何もなくて、挙げ句猫と会話(成立してない)なんてしてたら精神的に疲れるわ。

「それはいけない。休んだ方がいい」

黒猫はそういうと草原を歩き出した。

「ちょっ…どこ行くの!?」
「この先に森があるんだ。そこにきっとハイディがいるから、癒して貰いに行こう」
「は、はいでぃ?」
何だその外国人みたい名前は。
ここは日本じゃないの?え?
「来ないのかい?」
「い、行くっ!!行くからちょっと待って!!」
「僕は君を置いていったりしないよ。したら消されちゃう」
「え?」
消される?誰に?

結局疑問は何1つ拭えぬまま(むしろ増えた)、私は猫の後に続いた。

(ていうか今本当何時なの?明日学校あるのに…)












そうして、黒猫を追い掛ける様に歩き続けてどれくらいの時間が経っただろうか。
見渡す限りどこまでもが草原に見えたこの世界だったが、ずっと歩き続けたところ深い森が見えてきた。
……見えてきたのだが。

「く、黒猫さん…」
「何だい?」
「あそこを通るの?」
「そうだよ」
「嫌なんだけど」
「どうして?」

覚悟はしてた。
森って聞いた時に覚悟はしてたけど、ここまでとは…

「む、虫…多くない…?」
「普通だよ」

生い茂る木々、あちこちに伸び放題の雑草、枯れた花々に飛び交う虫達。淀んだ空気を纏うそこを一言で表すなら"不気味な森"が一番しっくりくる。
しかもその飛び交っている虫達は、どこか飛黎の知っている虫とは違っていた。
木を這う鮮やかな色合いの芋虫に蜻蛉のようで、でもどこか違う得体の知れない昆虫。
元々、虫の類いが苦手な飛黎にとってはこの中を進むのは拷問のようなものだった。

「嫌なんだけど…他の道ないの?」
「ないね」
きっぱりと言われた。
(なんでこんな虫の飛び交う所を通らなきゃ駄目なわけ?)
不満に頬を膨らませた飛黎を見て、猫が口を開いた。

「そんなに虫達が嫌なら消してしまえばいいよ」

「は?」


何だか凄く突飛な事を言われた気がする。
「消す?この虫達を?」
「うん」
「誰が?」
「君がだよ」
「無理でしょ」
私は魔法使いでなければ陰陽師でも巫女でもない。
何かを消したり出したり自在に出来るわけがないのだ。
そう反論すれば「出来るさ。だって君は姫なんだから」と何とも意味不明な回答が返ってきた。

「ていうかさ、その姫って何なの?私別に高貴な家に生まれた子じゃないんだけど」
「君は姫だよ。僕らのね」
「だからそれが意味不明なんだって。私あんたと会ったことないんだけど」

ふと足を止めて振り返る黒猫。
その琥珀の瞳はどこかキラキラと輝いていた。

「君は僕らと初対面だけど、僕らは君を知ってるんだよ」


「………いい加減にしてよ」
もはやこの一言に尽きた。
「あのさ、私別に謎かけに興味があるわけじゃないの。ただ早くこの意味不明な世界から出たいだけ。夢なら早く覚めてほしいだけ」
飛黎は立ち止まり、思うままに言葉を紡ぐ。
「私があんたに付いてきたのはハイディとかいう奴ならまともな話が出来るかも知れないと思ったから。私は早く帰りたいの。早く元の生活に戻りたいの。明日学校があるの!!!」
1度本音を吐露すると堰を切ったように溢れてきて、それを止める事を飛黎は出来なかった。
「私を家に返してよ……黒猫さん」
飛黎は自分を見上げる琥珀の瞳を見つめて、呟く。


「それは出来ないわ」


唐突に聞こえた透明感のある澄んだ声。

「ここは飛黎自身が作り出した飛黎の世界だもの」

声の聞こえた方に顔を向ければ、森のすぐ近くに金髪の女性がいた。


「ハイディ」
「あら黒猫さん。ご機嫌いかが?」