なんだかんだで苺タルトを堪能した私は、未だ優雅にコーヒーを啜る陛下を眺めた。

綺麗だ。実に綺麗だ。何ていうか、絵になる。ああ、この美しさを言葉にできない自分の語彙力が憎い!

「…何故先ほどから眉間に皺をよせてこちらを見ている?…まさか昼食をあれだけ食べてまだ食べ足りな「ちがぁーう!」」

私は机をひっくり返す勢いで立ち上がった。もちろんすぐに周りの視線に耐えきれなくて座ったのだけれど。

「眉間に皺なんて寄せてない!アルさんの被害妄想だからっ!」

わざとらしくプイッと顔を背けた私は陛下を横目でさりげなく見る。困ったように小さく笑う陛下の目がなんだか生温かい。

この目を見ると自分がひどく子供のように思えていけない。

私はすぐに膨らませた頬を元に戻し、顔を元の位置に戻した。

「考え事をすると眉間に皺が寄るのはお前の癖だな。気をつけろ、そのうち取れなくなる」

「う、それは気をつけるけど…。って、考え事してたってわかってたんじゃん、もう!アルさんも、最近自慢のポーカーフェイスが崩れてるよ?良いの?そのうち表情を上手く隠せなくなるよ?」

「…昔、泣かれたからな」

「え」

「いつも無表情だとそのうち表情筋が動かなくなると言われたことがある」

苦笑いを浮かべる陛下はやはり優しそう。おそらく言ったのは陛下の初恋の子だろう。

「…アルさんにそんなことを言えなんてすごいね、その子」

「…お前もさほど変わらなくないか、そういう点において…」

そう言われるとそうかもしれない。私ってば随分陛下に馴れ馴れしく軽口叩いてる気がする。相手が相手なら私は打ち首で今頃死んでるだろう。

そう考えると恐ろしくなってきた。私ってばなんて考えなしなんだ。

「申し訳ありませんでした、陛下。わたくし、なんで無礼な暴言の数々を…」

「今更良い。外で上手くやってくれればそんなこと些細なことだ」

なんて寛大なのだろう。

陛下とは1週間ちょいの付き合いになるけど今のところ弱点や欠点は見当たらない。むしろ、欠点がないことが欠点みたいな人だ。

まあ唯一アレかな、なんて思うのは少々オカンじみてるところだろうか。

やれ髪を乾かせだの、やれ暖かい格好をしろだの、やれハンカチをポケットに入れて行けだの、やれ肌の手入れをしろだの…あれ、なんか私の女子力の無さが悪いような…?

まあ、とりあえず私が陛下と普通に付き合っていく上で、この人に嫌悪感を抱くことはなさそうだ。

世話を焼かれるのは嫌じゃない。むしろ心配してくれることがわかるから心地良い。他に私を心配して口を酸っぱくして小言を言ってくれるのなんてアリアと孤児院の院長くらいだから貴重だ。

「…い。…い」

きっとつい人を心配しちゃうのだろう。お人好しで寛大で優しくてそして綺麗で麗しくて…何より誠実だ。偽装結婚の相手の私ですらきちんと接してくれる。

「おい」

「ふあっ!」

突然肩に手を置かれ、私はまたも奇声を発した。相変わらず私には女子力が足りない。自分でもそう思うのだから、陛下は呆れているに違いない。

「…そろそろ行くぞ」

「…どこにですか?」

陛下の口ぶりはまるでこのあとどこかに行くようだ。まだこの心地よい時間が続くのかと思うと心が弾む。

「…ドレスが出来たそうだ。一応1度着て確認して欲しいそうだ」

陛下は言わないけど、きっと敢えてお城に届けてもらわなかったのだと思う。これも陛下の、私を外に出してやろうという気遣いなのだと思う。

「ここからなら歩いて15分くらい?露店とか並んでとっても賑やかな通りだよね?」

「ああ。…“美味しい露店”が続くな。いちごのジェラートも美味らしい」

何ですと。“美味しい露店”が続く、ですと…。おまけにイチゴ、ジェラート、ともに単体で美味しいというのに組み合わさると…?

私の顔がよほど物欲しそうだったのだろう。陛下は小さく笑った。

「まだ食べるのか」

「え。良いんですか」

「…今日だけだ」

「…アルさんは神様ですか」

いや、もう神様に違いない。こんなに綺麗なんだもん。神様って言って通じそうだ。私ならたぶん信じる。

私の言葉に陛下は困ったように笑った。

「お前は美味しいものをご馳走してくれれば誰にでもついていきそうだな」

「…失敬な!人からもらったものを易々と口にはしませんよ、私は!ええ!」

「…ふっ。まるで信用ならない」

陛下はそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。それがすごく優しかったのはたぶん気のせいじゃないのだと思う。