我那覇くんの恋と青春物語~水谷百合編~

「私・・・一年・・・留年しているんだ」


あのときの言葉一つ一つが頭の中で甦る。

悲しい表情で、冗談ではなく今にも消えてしまいそうだった。


「一年・・・別の学校に通っていて、ハンドボールやってたの。だけど・・・ある日、仲の良い先輩が部費を盗もうとするところを目撃して・・・先輩からはばれたら部が無くなるから黙っていてって言われたけど、必死で説得してなんとか部費は戻してもらえた・・・」


彼女の涙を流している姿、それが思い出される。

「気にしないで」と簡単には言えない、彼女はそんなことをずっと背負ってきたのだ。


「みんなとハンドボールができれば、それで良かったのに・・・けど、次の日から私とハンドボールをしてくれる人はいなかった・・・私が部費を盗もうとしていたことになっていて・・・それで、学校を辞めて・・・」


うちの高校に入学し直したということだ。

だから、初めて会ったときも、あんな風な態度を取ってしまったのだろう。

これだけ辛い過去があれば、そうなるのも当然だ。


「私・・・何してるんだろうね・・・本当に」


あのとき彼女はどんな想いで、このことを話してくれたのか。

それはこちらが思っていることでは表せない、そんな想いだったのではないか。










「この星空のように輝ける」










目の前の彼女の言葉で、現実へと引き戻される。

彼女は優しく笑っていて、その表情は凄く暖かく感じられた。


「今までも失っていない・・・ただ、隠れているだけ。あなたは、そう言ってくれたね。あなたのおかげで、私、またハンドボールを始めることができた」


それから彼女は、少しずつ他の人とも話すようになった。

女子ハンドボール部にも入部して、それからの活躍は圧巻の一言だ。


「あなたが友達を紹介してくれて・・・おかげで真美沢さんや桜沢(さくらざわ)さん、他にもたくさん・・・」


「インターハイも行けたしね」


「あの日・・・ずっと正門で待っていてくれたね」


「そうそう、祝勝会があるの知らなくて、九時まで待ったっけ?」


「ごめんなさい・・・でも、インターハイを決めたときよりも、あなたがあのときくれたリストバンド・・・嬉しかった」


嬉しそうにリストバンドを取り出し、優しく何度も撫でた。

それを見ただけでも、あのとき遅くまで待って渡したかいがあったと思える。


「あの修学旅行から、この学校での・・・私の全てが変わった。それも、全てあなたのおかげだから。卒業前にどうして、これだけは伝えておきたかったから・・・本当にありがとう」


「そんな・・・」


「でも、私は流れ星のようなものだから・・・一瞬で流れて、時間が経てば忘れられる・・・」


遠くを見つめ、呟くように言った。



彼女と進路は別々だ。



卒業したら、今までのように簡単に会えるというわけにはいかない。



だけど・・・


「俺、水谷さんのこと、絶対に忘れないよ」


彼女はリストバンドを握り締め、笑顔なのだけどどこか寂しいような表情になり、また遠くを見つめた。
「ついに明日、卒業だね」


隣で歩く雅が、息で手を暖めながら言う。


「その卒業一日前に、男三人でカラオケ・・・か」


ユウがどこか不服そうに言い、先頭を切って帰路へと歩き出す。



卒業一日前にして、珍しく雅からの誘いだった。



考えてみれば高校三年間ずっと同じクラスで、入学式から三人でいることが多かった。

きっと、何年か経って振り返っても『親友』と呼べる存在だろう。


「だけど、なんで一日前なんだよ。こういうのは、卒業式の当日じゃないのかよ」


「馬鹿だなあ・・・明日は女の子からの誘いを受けなきゃいけないじゃないか。そんなときに男と約束があったんじゃ、どうしようもないだろ」


笑顔でさらりと言うところが、いかにも雅らしいところだ。

この笑顔に、三年間でどれほどの女の子が騙されたのだろう。


「次は・・・どこに行く?」


先程までは不服そうにしていたコウが雅の言葉に名残惜しくなったのか、少し寂しそうな笑顔を作る。


「そうこなくっちゃ。俺たちがこうして制服を着て三人でいられるのも・・・」


珍しく雅も感慨深くなったのか、寂しそうな笑顔になった。
「おい・・・あれって、水谷さんじゃないか」


コウが指差した先のファーストフード店、その奥の席に確かに水谷さんが座っていた。


「相手は・・・見慣れない子だね」


学校の女子の情報に関して右に出る者はいないとされる雅でも知らないということは、もしかしたら違う学校の子かもしれない。



違う学校?


「なんか、神妙な顔つきにも見えるけど」


「ここからじゃ、よく分からんだろ」


コウと雅が店内を覗き込んでいるのをよそに、水谷さんがいる方向に背を向ける。



違う学校・・・



その学校というのは、水谷さんが以前通っていた学校ではないだろうか・・・


「水谷さん・・・変わったよな」


一人であれこれと考えていると、後ろから雅が肩を叩いてきた。



あまりにも唐突で、どう答えていいのか分からず、とりあえず雅のほうへと振り返る。

それに合わせるように、雅は店内にいる水谷さんを見た。


「最初の頃は近づくと『私に近づかないで』ていうオーラが全開だったよね・・・相変わらず物静かで向こうから話しかけてくることは滅多にないけど、こちらから話かけたら話してくれるようになったし、本当に変わったよね」


入学して間もない頃は以前の学校の件もあり、人間不信みたいなものに陥っていたのだと思う。

それが徐々に打ち解けていったのだろう。
「お前のおかげでしょ」


「はっ?」


何かをしたつもりなどない。



それなのに、そんなことを言われると戸惑ってしまう。


「そうだよな・・・それが分かっちゃ、お前じゃないもんな」


何かを見透かされているような目で、こちらを見てくる。

その何かというものが分からないが、凄く大事なことのように思う。

今まで感じたことのないような、いや、感じたことはあるのだが、それに気付いていなかったような・・・

それほどまでに大事なこと。


「水谷さんはお前のこと大事に・・・大事に思っているよ。お前はどうなんだよ」


「俺だって、水谷さんは・・・大事な友達だよ」


「友達として・・・か?」


友達として



それ以外に何があるというのだろう。



一年のときに初めて会ってから、一緒に話をして、昼休みを過ごして、下校して・・・

修学旅行や下校でのプラネタリウム、高校三年間で様々な思い出をともにしてきた大事な友達ではないのか・・・
「おい、水谷さんが女の子と別れたぞ」


店内をずっと覗いていたコウが、こちらに向かって呼びかける。

雅の視線から逃げるように店内へと目をやり、水谷さんを見つめる。


「行ってやれよ」


もう一度肩を叩かれた。

今度は先程よりも、少し強く叩かれた気がした。


「でも、俺たち三人が・・・」


「馬鹿。目の前に女の子がいるのに、男取ってどうすんだよ。これはお前にとっても、水谷さんにとっても大事なことなんだ」


いつになく真剣な表情で言われ、もう一度水谷さんを見る。

テーブルに座り、何かを考え込んでいるようだ。


「よし・・・コウ!ラーメン食べに行こうぜ。一樹はどうしてもハンバーガーが食べたいらしいから、二人で行こうぜ」


「な、なんだよ、急に」


「別に・・・まあ、俺はいつでも女の子の味方だからね。じゃあな、一樹」


いつもの笑顔に戻り、戸惑うコウを無理やり引っ張って雅は去っていった。
店の前で一人になってしまい、ここで立っていても仕方がないので中に入った。



注文をせずに水谷さんの席へと行くと、驚いたように見上げた。


「あっ・・・どうしたの?」


驚きながらも向かいの椅子を引いてくれ、そこに座る。



先程の光景と雅の言葉が頭の中に残っていて、何から話していいのか分からなくなる。

それでも優しく微笑む笑顔を見て、意を決して口を開いた。


「その・・・たまたま通りかかったら、店にいるのが見えたから」


「み、見てたの?」


「うん・・・見慣れない子だったけど、友達?」


彼女は下を向いてしまい、そのまま黙ってしまった。



もっと違った聞き方があったのではないか。



そんなことを思っても、後の祭り状態だ。


「それもそのはず・・・前の学校の友達」


「それじゃ・・・」


「・・・場所、変えない」
移動中は、お互いに口を開くことはなかった。



とにかく二人きりになりたい。



それもできる限り静かなことろで。



それに該当する場所が一つだけ浮かび、そこへと向かう。



こちらからは何と話しかければいいのか、何を聞いていいのかは分からない。

それでも、聞かなければいけない。



彼女には、もう何も背負ってほしくない・・・


「あっ・・・」


プラネタリウムに着いたものの、すでに開館時間は過ぎていた。


「そうだよな・・・この時間まで、やっているわけないか」


彼女は別に構わないというような表情でこちらを見ているが、思わず肩を落としてしまう。



他の場所というとどこも浮かばず、プラネタリウムの前にある公園を見る。

夜ということもあり、中に人はいないが・・・


「私はどこでもいいよ」


あまり長く移動するのも悪いと想い、公園へと入ろうとする。


「あら・・・あなたたち」


プラネタリウムの扉が開く音と、聞き覚えのある声。

振り返ると、そこには董院(とういん)すれみが立っていた。