それから三十分と経っていないだろう。
目の前にいる大和撫子――利香、という女性の姿に僕の目は奪われていた。
お茶碗を丁寧に扱う、白く細い指先。
さらりと流れる長い黒髪を下の方で緩く結いている、その艶やかさ。
柄杓を手に取るときの真剣な目つきから、お茶碗が運ぶ人の手によってお客の元へ行くのを見送る優しい微笑みまで。
僕はひと目見た瞬間から、彼女の存在すべての虜になっていた……。
「お抹茶をどうぞ?」
桜の花が開花した瞬間……そんな甘くて優しい声が、彼女の口元から零れた。
「……あっ! は、はい! いただきます」
どうやらいつの間にか僕の前にお茶碗が置かれているようだった。
気付かなかった……。
僕はやはり礼儀はわからない。
それを手にとってそのまま口にする。
抹茶は苦い……お母さんはそう言ってたっけ。
でも、彼女の抹茶は仄かに感じる苦味さえ美味しく感じた。
生まれて初めて飲んだ抹茶は、とてもまろやかで美味しかった――。