「まず、和菓子です。実は私の手作りなんですよ?」


 そう言って差し出されたのは水ようかんだった。
 笹の葉が敷いてあり、涼しさが見事に表現されている。


「食べていいですか?」


「もちろんですよ。その黒文字楊枝で食べてください」


 彼女はウィンクをしながら、僕とは対称の位置に座った。


「喉が渇いているのにお待たせしてるので……簡略してお茶を点てますね」


 そう言って、でも昨日とあまり変わらない作法通り? に彼女は進めていく。


 それをできるだけ目で追いながら、時々手元を窺っては水ようかんを一口サイズに切り分けていた。


 抹茶をお茶碗に入れたのを見て、そろそろかな? と思い、水ようかんを口にする。


 瞬間、口内にふわりと甘さが広がった。
 さらり……というのか、とろり……というのか――そんな食感を味わいながら、喉につるりと流れていく。


 羊羹ほど固くないのが、また良い。


「すごい……こんなに美味しい水ようかんは初めてだ! 手作りでこんなに美味しいなんて思っても見なかった……!」


「そんなに褒められると照れますよ」


 いつの間にかすぐ目の前まで来ていた彼女。


 お茶碗を手のひらの上で少しずつ回して、ちょうど彼女との間の位置に置く。


「ぬるめかもしれません……」


「むしろありがたいな。僕は猫舌だし」


 水ようかんの最後の一口を惜しみながらも口に入れ、ゆっくり噛みしめてから飲み込む。


 口内の甘さが残っている内にお茶碗を手に取ろうとして、静止した。


「どうかしました?」


「飲むときの作法ってあるのかなって、思って。良かったら教えてくれませんか?」


 すると彼女は嬉しそうに微笑みながら、静かにすっと立ち上がると僕のすぐ横に正座をした。


「ありますよ。まず、右手でお茶碗を取ります。そして左の手のひらの上にのせてください」


「……はい、のせました」


「今、お茶碗は京介さんの方に正面が向いています。なので、時計回りで二回、ちょっとずつ回して正面を避けます。そうしたらいただいてください」


「は、はい。やってみます」


 京介さん――彼女が名前を呼んでくれた、ということで思わず天にも昇りそうなほど嬉しくなってしまった。しかし無理やり冷静さを取り戻す。


 一呼吸おいてから、言われた通りにお茶碗を少しずつ回し、ゆっくりと口をつけた。


 ――やっぱり。


 彼女のお抹茶は微かに苦味があるが、それ以上に美味しくまろやかで、気持ちを落ち着かせてくれる何かがあった。


「美味しいです。……抹茶って、苦くないんですね」


「そうですね……初めて飲んだときは苦いって感じることもあるみたいですけど」


 僕は二口目、三口目……と少しずつ口にふくむように飲んでいく。
 やはり苦いとは思わない。