そこで、はて、と何かが引っかかる。

目の前にはハムエッグとサラダを前にトーストを齧る男。

あ。

あまりに自然すぎるカインの存在感に忘れていたが、この人は昨日初めてあったらしい男で、そしてその男がムシャムシャと頬張っているやつは、確か今日で最後の食パンだった。

ああやられた。私の朝ごはんが。

店の定休日の今日は食材諸々必要なものを揃える日である。よって今日までに必要なものだけを計算して買っていた。

つまり、この家にもう食料はほとんどない。どうしようか。


小声で独り言を言う奈緒美を横目に、カインはどんどんと朝食を平らげていく。奈緒美はその様子を恨みがましく睨みつけ、同時にでかい口だな、とそんなことを思う。

薄い唇と時折覗く厚い舌に何かを期待してしまいそうになるのは職業病というやつだろうか。

妙に騒つく気持ちを宥めながら、しかし、朝食を食いっぱぐれるのは、身体が資本である職業で、かつ健康志向の奈緒美にとって喜ばしいことではない。

買い物にも出かけなきゃいけないし、と奈緒美は重い身体を起こし、キッチンに向かった。

と、後ろから犬のようにカインが付いてくる。
なんだと思って振り返ると、思ったより高いところに顔があって、かなり見上げる体勢になる。

「美味しかった。ありがとう」

結局この男は人の家の食材を勝手に使って勝手に食した訳だったが、こういう礼儀はわきまえているらしい。

シンクに置いといて、とそこを指差し、奈緒美は冷蔵庫とは別にある冷凍庫を開けた。

殆ど使わないそこは冷蔵庫の4分の一にも満たない大きさで、入っているものの事もあって、たまに存在を忘れる。

カチンコチンに冷やされているそれを取り出して、奈緒美はそのまま電子レンジに突っ込んだ。慣れた手つきで時間を決めてスタートボタンを押す。

まだ覚えているものだな、と内心苦笑い。