男が客であれば、決してしない、失礼極まりない態度だったが、この男の前では許される気がした。


「ご、ごめん、けど可笑しくって。あなた、眉毛が喋ってるみたい」

どうにか笑いを抑えてそう告げた奈緒美に、男はまた眉を上げてニンマリと笑った。


「ナオミ、昨日もそう言ってた」

あまりに嬉しそうに笑うので、奈緒美は少し気恥ずかしくなる。
どうやら自分は昨日この男に会い、初対面にも関わらず、今と同じく失礼なことをかましたらしい。

その時からこの男に安心感を覚えていたということなのか。警戒心は強いと自負している筈だが、一体どうして。

とにかく頭痛が邪魔でなかなか記憶が辿れないが、まあいいだろう。人の良さそうな人間もこの国にはいるのか、と感心して、奈緒美はローテーブルから離れてソファーに座った。


同じ屋根の下で朝のひと時を過ごす男と女。

普段はない緩やかな雰囲気が流れている気がして、奈緒美はくすぐったい気持ちになる。

と、男が不思議そうにこちらを見つめてきた。
何か?と首を傾げると、男は軽く手招きをした。

しかし痛む頭に加え、朝っぱらからこれ以上動きたくないと怠惰な脳が訴えている。
それに、微かに甘い気がするこの雰囲気を認めたくはなくて、反対方向に手を振り返し、奈緒美はソファに横になった。


「そういえば、名前何?」

奈緒美を側に呼び寄せるのを諦めた男の姿を横目で確認してから問うと、トーストにかじりつこうとしていた男は、少し止まり、またかじりついてから咀嚼し、飲み込んで、答えた。

マイペースなんだな、と奈緒美は思う。

「カインって呼んで」


男、カインはそう言うと微笑んだ。
あれ、と奈緒美は気付いた。眉はピクリとも動いていなかった。

「カイン」

奈緒美は体を起こしてカインの顔を見ながら名前を呼んだ。なに、とトーストをくわえながら、眉で問うカインに、なんでもないと首を振った。