閉店するからどうにかしてくれないかと酩酊するナオミを指差していったバーテンは、知らない人だからという彼に対して、甘い蜜が吸えるかもしれないよ、精神的にも、物理的にも、と囁いた。
眉を顰める彼に対して、バーテンはナオミの素性を教えてくれた。そこそこ値段の張る風俗店の人気嬢なのだという。
確かに、アジア系のエキゾチックさがとても魅力的であるし、小柄で庇護欲をそそる体型をしている。下心があったわけではなかったが、それを聞けば一人で置いておくのは後に何かあったなどと言われたら後味が悪い。
彼は仕方なくナオミを送ることにしたのだった。
手慣れている、と感じた。
彼の腕を引き寄せのしかからせたナオミは、すぐに首に腕を回した。こうされては彼は身動きが取れず、どうにか彼女の背中に手を回し、主導権を握ろうと試みた。
しかしそうする前に顔を近づけられ、あっという間に唇を塞がれていた。さわさわと小さな舌が唇を舐めるのを感じたが、口を固く結び、抵抗しているとしばらく経って諦めたらしい。彼から顔を離し、焦点の定まらない目をゆっくりと見開いて。
ナオミはとろけるような笑顔を見せた。
ガンと頭に鈍器をぶつけられたかのような衝撃だった。風俗嬢としてのテクニックなのかもしれないと言い聞かせるが、次に言った言葉にまた衝撃を受けた。
「ジョージ、あなたなのね」
何で自分の名前を、と記憶を探るが教えてはいない。それに、言い方から察するに自分と誰かを間違えているようだった。先程の甘い衝撃とは違う、苦々しい負の感情に満ちた衝撃。
自分と誰かを重ねて見られることが、彼は何より嫌だった。その上、一瞬で虜にされた女性にされたとあっては。
しかしすぐ、彼女は訂正した。
「ごめんなさい。あなた、ジョージじゃないわね。彼の眉毛はそんなに動かなかったわ」
眉毛?と彼が眉を顰めると、ナオミはケラケラと笑って言った。眉毛が喋ってるみたいよ、と。
そしてそのままカクンと頭を垂れた。すうすうと寝息が聞こえ、先程のは睡眠前の半覚醒状態だったのだろうと思うことにした。
前の甘い笑顔ではなく、先程のあっけらかんとした笑顔を思い出し、彼は口角を上げる。
一度間違えられたことに違いはないが、彼女はきちんと人を見ようとしている人なのだな、と感じた。たとえそれが仕事柄しなければならないことだとしても。だがそれは常人全てに出来ることではないはずだ。