砂漠の真ん中。
 オアシスのほとりの町を夕日が照らす。

 幼い少女がさらに幼い弟達を叱る。
「早く家に帰らないと悪魔の船にさらわれちゃうわよ!」
「そんなの怖くないよーだ!」
「きゃきゃきゃ!」

 たまたまそれを耳にしてロゼルは肩をすくめた。

 砂漠に生きる人々は、砂漠を走る幽霊船の存在を噂程度に聞いてはいても、本気で信じてはいないのだ。
 だからその船が来るから逃げろなんて言ってもきっと相手にしてもらえない。



 酒場は地元の人々で賑わっていた。
 自分に視線が集まるのを感じて、ロゼルは気まずそうに視線を泳がせた。
 服装は土地に合わせたつもりだが、赤毛はどうしても目立つ。

 店の客は、オアシスの魚を獲る漁師や、オアシスの水で農業を営む人など。
 社会は水によって育まれる。



 店内には目立つ人物がもう二人居た。
 一人はこのオアシスの集落の長のイステラーハ。

 長にしては若く、まだ三十にもなっていないだろうか。
 いかにも砂漠の男といった日に焼けたたくましい肌を白い布に包んだ格好である。

 アクセサリーをジャラジャラとつけているのは、小さな集落とはいえ地位ある者の証。
 多くはオアシスに住む貝の殻や、安い石を加工したものだが、金の台座に赤、青、緑の宝石で飾られたブレスレットだけがやけに豪華だった。



 もう一人は店の隅の席に体を縮めるようにして座っていたが、それでもロゼルや長の何倍も目立っていた。
 というよりハッキリと場違いだった。

 ここは砂漠の真ん中のオアシスのほとりにある酒場。
 なのにその初老の男は、船長のような服を着ていた。
 それも、布の良さや縁取りの豪華さからして、相当に立派な船のキャプテンと思われた。



 地元の若者にちょっかいをかけられてもキャプテンは全く応じず、怒り出した若者をイステラーハがいさめて店外へ連れて行く。

 入り口ですれ違う際に、長はロゼルにウインクを送った。



(・・・困った)
 ロゼルはもともと人と話すのが得意ではない。
 キャプテンに話しかける役はイステラーハがするはずだった。

 酒でも飲んで勢いで、とも思うが、これからやることを考えると酔っ払ってしまうわけにもいかない。
 結局ロゼルはマスターに小声で酒に似た色のハーブティーを注文し、酔ったふりだけをしてキャプテンに近づいていった。



「・・・やあ、キャプテン」
 かなりぎこちないのが自分でもわかり、酔ってもないのに顔が赤くなる。

「よぉ、若いの。その赤毛は砂漠の民じゃねぇな」
 キャプテンは地元の民に対したのとは打って変わって気さくに返した。