逃げずに見物を続けていた客達が再度ざわめき出した。
「あいつのせいでオアシスが?」
「砂漠の国への復讐のつもりか?」
キャプテンは特に声を張り上げるでもなく、ロゼルにだけ聞こえていればいいというように言葉を続ける。
「わしはただ、風の吹くままに流されていただけだった。
このコートに帆のように砂漠の風を受け、風に逆らう気力もないまま、舵の壊れた船のようにな……。
地図もコンパスも何もなく、昼の日差しを避けて夜の闇をさ迷い、明かりに吸い寄せられてオアシスの町へ着けども、敵国なので長居もできずに夜のうちに立ち去る。
ただそれだけだ……」
「・・・わざとじゃないのはわかっている。
・・・わざとなら100年で3件は少なすぎる。
・・・貴方を責めるつもりはない。
・・・まずはここのオアシスから離れて、後のことは神官と相談を。
・・・必要なら葬式も・・・」
周囲の客がまたざわめいた。
「おいおい、そんなあっさり許すつもりかよ!?」
「俺達の仲間の町がやられたってんだろ!?」
「復讐だ!! 復讐をするべきだ!!」
キャプテンの顔が再びグニャリとした。
今度は蜃気楼のように神秘的にではなく、ただ醜く、そしてゆがんだままのその形を留める。
「復讐か。良い響きだ」
「・・・おい」
「そもそも砂漠の国の脅威さえなければ、王女が嫌々政略結婚をさせられることもなかったのだ!」
「・・・待て。・・・何の話だ?」
「ザワージュ号を迎えに行く!!
そしてともに砂漠の国に復讐をするのだ!!」
そう言い残し、キャプテンの姿は幽霊らしくスッと掻き消えた。
「・・・!」
「お人好しめ。これからどうする?」
イステラーハがロゼルの肩をたたいた。
「・・・こっちが本業なんで」
ロゼルは腰の剣を示した。
幽霊船の甲板に出て、スリサズは頭に二つ重ねて乗っけた冠が船の揺れや風で落ちないように手で押さえた。
一つは群島の王女の遺品。
王女のいとこの子孫から回収を頼まれたのだと話したら、意外なほどあっさりと渡してくれた。
もう一つは海辺の王子の遺品。
床に落ちているのを本人に届けたら、もういらないと言われたのだ。
船の進行方向、砂の上にキャプテンの姿が、その先にオアシスが見える。
ロゼルが追ってきているけれど、幽霊のように出たり消えたりのできない体では砂に足を取られて間に合いそうになく、剣が届かないならばと魔法で攻撃すれどもこれも当たらない。
(なんかわかんないけどあのキャプテンをやっつければいいのかしら?)
スリサズはロゼルが受けていた依頼の内容を思い出した。
オアシスを守れ。
(この海水がオアシスに流れ込んだらロゼルの依頼は失敗なわけよね。
てことは、そのキャプテンとオアシスが、なんか知らないけど関係がある、っと?)
赤毛の剣士に意地悪をしてやりたいなんてことが一瞬だけスリサズの頭をよぎるが、すぐにそれどころではないと思い直す。
オアシスのほとりには町の明かりが広がっている。
住人は何も知らずにいつもの夜を過ごしているのか、それともパニックになっているのか。
夜間だし距離があるのでスリサズには見えないが、そこに人々の生活があるのは間違いない。
スリサズは魔法の杖を構えたが……
(風が強いし船の揺れも激しい。
もっと引きつけてからじゃないと当たらないわね)
風に乗ってしわがれた男の声が響いてくる。
「王女様! 王女様! 聞こえているのでしょう!?」
この世ならざる者の声。
「わしは海辺の国の者。
海辺の王子に仕える身。
我が船に我らが王子を乗せて、群島の国へ貴女を迎えにあがりました。
貴女と王子の結婚式を挙げるために、わしは舵を取っていました。
それなのに、わしは貴女に一目惚れをしてしまいました!!」
その告白は、風の音に混じっておどろおどろしく轟いた。
「年甲斐がないのはわかっておりました!
身分違いなのもわかっておりました!
ですがわしは見てしまったのです!
式の前に、王女様が一人で泣いておられるのを!!
わしは貴女を政略結婚から救い出したかった!!
ただそれだけだったのです!!」
ザワージュ号はキャプテンに向かってまっすぐ進む。
キャプテンもザワージュ号に向かって砂の上を歩くでもなくまっすぐに漂ってくる。
スリサズは杖を下げた。
攻撃をするつもりはもうなかった。
キャプテンが、嬉しそうに懐かしそうに、ザワージュ号の竜骨(キール)に触れた。
船底の中央を支える一番大きな木の部分だ。
100年の時をかけての再会だった。
キャプテンに優しく撫でられても、ザワージュ号は止まらなかった。
ぷちっ。
ザワージュ号がキャプテンを踏みつぶした。
「やれやれ、やっぱりね」
スリサズが肩をすくめ、そしてようやく船は止まった。
スリサズは風を操って空気のクッションを作り、甲板からロゼルの傍へスタッと飛び降りた。
「ザワージュ号はキャプテンに復讐がしたくて追っかけ回していたのよ」
「・・・100年かけて初めて追いつけたわけか」
それもこれも、船を捨てて逃げたようなキャプテンが、今でも自分が船長だと勘違いをしたおかげだった。
風が弱まり静かな月光が砂漠を照らす。
キャプテンの気配はもうしない。
「・・・終わったか」
ロゼルがつぶやくのと同時に、上の方から笑い声が響いた。
甲板を見る。
白い衣装に白い骨。
花婿姿の海辺の王子のガイコツが、顎をガクガクさせている。
その頭には、大きな穴が開いていた。
「・・・」
ロゼルがスリサズにジト目を向ける。
スリサズの頭には王子の冠が乗っている。
「あたしがやったんじゃないわよ!
あれはキャプテンにやられたの!
王女様との結婚式をやめさせるために!
……で、遺体だけなら海に捨てればどうにかなったんだろうけど、思った以上に血が飛んじゃってね。
それを隠蔽するためにキャプテンはわざと船を沈めたのよ」
「・・・それで王女も死んだのか」
「んで、この王子様の冠は、もう被れないからいらないって」
甲板の上から王子が叫ぶ。
「キャプテンへの復讐は果たした!!
次は砂漠の国への復讐だ!!」
そしてザワージュ号はオアシスへ向けて前進を再開した。
轢かれそうになってロゼルとスリサズが慌てて飛び退く。
「加害者になりそびれたのが悔しいからって被害者ヅラ!?
海辺の国だって群島の国と手を組んで砂漠の国に攻め込もうとしていたくせに!!」
巻き上げられた砂を被ってスリサズが吠えた。
「・・・珍しいな。
・・・ちゃんと勉強していたんだな」
ロゼルがつぶやく。
口調のせいでわかりにくいが、かなり驚いている。
「気に入ンないのよ、この手のヤツらって」
冷たく切り捨てた後で、スリサズは気まずそうに頭を掻いて、ずり落ちかけた冠を直した。
「王子様はね、もともとは、ザワージュ号がオアシスを汚染してるって気づいてなかったみたいなのよ。
自分の国が砂漠の国に滅ぼされたってのも知らなかったんだけど、あたしが言っちゃったもんだからさ」
「・・・キャプテンと同じか」
「よろしく」
スリサズはロゼルの肩をポンとたたいた。
「・・・やれやれ。
・・・炎よ!」
ロゼルが魔法を放つ。
ザワージュ号の船首にぶつけられたそれは、砂漠の乾燥した風のおかげで良く燃えて、あっという間に船全体に燃え広がった。
「砂漠の国が100年前のように今も強いままならば、幽霊船やキャプテンが、こんなに長い間、放置されるなんてこともなかったんだがな」
ザワージュ号が燃えカスになった頃、ようやくイステラーハがロゼルに追いついた。
ラクダに乗っているがそのラクダが幽霊船を怖がってしまったせいで、結果的に歩くよりも遅くなったのだ。
「あら?」
スリサズが依頼人から預かっているペンダントが、イステラーハの方に吸い寄せられた。
「あなた、ロゼルの依頼人よね? そのブレスレット、ちょっと見せてくれる?」
「これかい? 私の先祖が恋人からもらったものだよ。
その恋人とは結ばれなかったがね」
長身のイステラーハは小柄なスリサズに、子供に対するように膝をかがめて右手を差し伸べた。
赤、青、緑の石で飾られた、群島の王家のティアラやペンダントと同じデザインのブレスレット。
「もしかしてご先祖様って砂漠の王族?」
「どうしてわかった?」
「ただのカンよ」
「正確には、王家の“血筋”ではないんだけれどね」
船が沈没してキャプテンだけが生き残って、群島の王はキャプテンだけでなく海辺の国の全ての人間を恨んだ。
海辺の王はキャプテンを恨みつつも群島の王の態度にも危険を感じ、群島の国が海辺の国を攻撃するのではないかと恐れ、死んだ王子の妹を、共通の敵だったはずの砂漠の国の王子に嫁がせようとした。
しかし……
群島の王がその娘に望まぬ結婚を強要したことと、海辺の王女が群島の王女を侮辱したこと。
その両方に怒り狂って、砂漠の王子はどちらの国も滅ぼした。
「砂漠の国と海辺の国ももともと領地の取り合いで仲は悪かったが、火の神を崇める砂漠の国と、水の神の群島の国は、宗教的に相容れなくてね。
砂漠の王子と群島の王女が恋仲だなんて絶対に知られちゃならなかったのさ。
海辺の国は風の神信仰だから気まぐれでいいんだけれどね」
「オンナノコ一人のために国を二つ滅ぼしたの?」
「愛と権力は相性が悪いんだよ」
砂漠の王子は王になってからも誰とも結婚せず、適当な戦争孤児を養子にして跡取りに仕立てた。
これがイステラーハの先祖なのだが、これに貴族達が反発。
誰の子でもいいっていうならウチの子でもいいじゃないかと、王位を巡る争いが起きて、砂漠の国は分裂してしまった。
広大な砂漠に無数に散らばる小さなオアシスの集落は、かつてはどれも砂漠の王国の一部だったが、今はそれぞれが独立国家となっている。
ちなみにイステラーハが長を務める集落は、住人の半分は海辺の国の人の子孫である。
海辺の王国が滅びた後、生き残りが流れ込んできたのだ。
「それで君、このブレスレットがどうかしたのかい?」
「別に。あたしが受けた依頼はティアラだけだし」
スリサズの依頼人は群島の王女のいとこの子孫だと自称していたが、その証拠だという王家のペンダントが本当に先祖から受け継いだものなのかなんてスリサズには確かめようがなく、どこかの質屋で手に入れたという可能性だってなくはない。
ともあれその依頼人は、幽霊船から回収したティアラを草原の国の王子との結婚式で着けたいらしい。
草原の国がどんな国かは……草原があるという以外はスリサズは知らない。