サッカー王子に溺愛されます



翔くんはそんな人じゃないって私がいちばん知ってる。




爽やかな笑顔が魅力的な人で。


いつも周りを和ませてくれて。


いつも人のことを考えてくれる。




「…絶対…翔くんはそんな人じゃない」




ポロポロと零れていく涙をぬぐいながらなずちゃんに抱きついた。




「…美玲」



「…なに?」



「やっぱり話したほうがいいわよ」




ぎゅっと私を抱きしめかえしながら優しい声音で言う。




「でも…避けられてるもん」




私だって話したいって思ってるよ。


話して…翔くんの口から本当のことを聞きたい。




「美玲」



「…わかってる」




やっぱりなずちゃんにはなんでもお見通しだね。






なずちゃんは私が翔くんに話すのを、“避けられてるから”ためらってるんじゃなくて“傷つくのが怖いから”だってわかってる。




「…そうしなきゃ前に進めないでしょう?」



「うん…」




そうだよね。


いつまでも怖がっていたら、悲しんでいたらずっと前に進めない。


私が躊躇してる間に本当に翔くんに彼女ができちゃうかもしれない。




「なずちゃん」



「ん?」



「私…翔くんに告白する」



「うん……がんばれ」




前みたいにモヤモヤして終わるんじゃなくて。


ちゃんと話した上で振られたら新しい恋に踏み出せると思うから。




「…なずちゃん、そのときはまた勇気をください」



「もちろん。私だけじゃなくて雄大も結愛も美玲の味方よ」






私にはたくさんの味方がいてくれる。




『佐々木ちゃんといるときの翔平ってマジで幸せそう』




優しくて温かい大野くん。




『美玲ちゃん、おめでとう』




私が翔くんと付き合うことになって喜んでくれた結愛ちゃん。




『美玲、頑張って!』




そして、いつも私のいちばんの味方であるなずちゃん。


みんなのおかげで私は一歩踏み出せる気がする。




だから───




「私、がんばるね」




翔くんを諦めるために、告白をします。


そして




「真田くんは?」



「…和くんともちゃんと話すよ」




いつも私を気にかけてくれる和くんとも話をつけないといけない。



いろいろ不安なこととか多いけれど


───佐々木 美玲、頑張ります。





なずちゃんと話してから数日後。


翔くんに声をかけるチャンスは狙っていますが




「結局またダメだったの?」



「うん…」




やっぱり避けられてるので難しい。


先に和くんから話そうかと思ったけど、和くんも和くんで最近は学校に来てないそうで。



はぁ、とため息をついて




「じゃ、また明日ね」



「うん、バイバイっ」




カバンを持って立ち上がるなずちゃんに手を振る。


今は放課後。


今日は日直だから、黒板を消したり日誌を書いたりしなくてはいけない。


本当はなずちゃんもいてくれたら助かったんだけど




『ごめん、今日は雄大とデートなの』




大野くんとのデートを邪魔する訳にもいかないから、ひとりで黙々としなくてはいけないんです。





先に黒板を消そうと思い、黒板消しをとると




「寒っ」




すこし開いてた窓から冷たい風がはいる。


もう、クリスマスも近いもんね。


だんだん寒くなってきてマフラーとコートが手放せない時期。


それなのに外でサッカーの練習とかたいへんそうだなぁ。




「…ってダメダメ。サッカーはもう見ないっ」




窓を閉めに行くときに無意識のうちにサッカー部の練習風景を見てしまう。


それも…無意識に翔くんを探しちゃうなんて。


でもまあ、いなかったから、気を取り直して黒板を消し始める。



時間はたっぷりあるから、ゆっくり丁寧に消していたとき。




───ガタッ




「あ…」




部着を着ている翔くんが教室に入ってきた。






思わず反応しちゃって、久しぶりに交わった視線。


なんだか気まずいけど、少しでもいいから話したくて




「…忘れもの?」



「…うん」




ポツリと口から言葉がでる。



それに、翔くんも答えてくれた…。


会話といえるものでもないけど、私にとってはじゅうぶん嬉しい。



だってあの日からずっと避けられていたんだもん。




「あの、翔…」



「…佐々木さん、その呼び方で呼ぶのやめてくれる?」




でも、嬉しくなってたのは私だけ。


翔くん、と呼ぼうとすると、今までに見たことがないくらい冷たい目を向けられた。


そう…だよね。


翔くんと私はもう恋人同士ではないし、翔くんは私のことを好きでもないから馴れ馴れしく名前で呼ばれたら嫌だよね。





それでも、翔くんの態度にじわっと目に涙が浮かんできて、それを拭おうとしたとき。




「…泣かないでよ」




本当に小さな声。


風の音にかき消されるほど小さな声が聞こえた。


その声はさっきの冷たい声でもなくていつもの優しくてだいすきな声。



今しかないって思って、俯いていた顔をパッとあげて翔くんを見て名前を呼ぶ。




「しょ…あ、芳川くん!」




教室から出ようとしていた翔くんの手をぎゅっと握った。




「…私の…話を聞いてください」




これで最後にするから。


もう、翔くんのこと忘れるから。


だから最後に、私の話を聞いてください。



そして───私のことをきっぱり振ってください。





「…わかったから、手、離して」



「うん…」




いつもより低い声に怯えながらもそっと手を離して、私のほうへ体を向ける翔くんを見つめる。


ドキドキしすぎてきちんとしゃべれなさそうだからいったん深呼吸して




「翔くん、好きです」




翔くんの目を見て、震えそうになる声を必死に隠して言った。




「…俺、佐々木さんのこと…」



「待って。…まだ、話は終わってないよ」




翔くんが“きらい”という言葉を言う前に止める。


ちゃんと話して、それで翔くんの答えを待ちたいの。




「…翔くん、あ、芳川くんか」



「…どっちでもいいよ」



「覚えてる?…芳川くんが私に告白してきた日のこと」




あの日も今日のようによく晴れた日の放課後だったね。



そう…あのときも翔くんが忘れものを取りに来ていたの。





「私…入学したときから芳川くんが好きだったんだよ」




いわゆる一目惚れだったけど、翔くんのことを知るたびにどんどん惹かれていって。



だから、告白されたときはめちゃくちゃ嬉しかったんだよ。




「あのときね“やったあー!”って、今にも叫びだしたい気分で、すっごくにやけてたの」




家に帰っても興奮で眠れなくて。


学校でもなずちゃんにうるさい、と言われるまでずっと翔くんのことを話してた。




それくらいだいすきで大切な人なの。



でも…私が翔くんを好きでも翔くんは私じゃなくて他の人が好き。


それなら悲しいけど、辛いけど応援しなきゃって思う。


側にいたいって思うけど、やっぱり翔くんが幸せなほうがいい。



矛盾した気持ちだし、キレイごとかもしれないけど。