翌日、七橋と待ち合わせた駅の南側のベンチに座って敦美が待っていた。


「ちょっと早く来すぎたかなぁ・・・だけど、そろそろ時間なんだけどぉ・・・」


「ごめん、待たせたな。」


「あの・・・あれ?」


敦美の目の前には、長髪で前髪だけ斜めに軽くウェーブした、ややきつめの目をした男が立っていた。


「う、そ・・・。この目って、先生なの?」


「うん。この格好は4年ぶりくらいだけどな。
いつもの格好してると、誰かに見られたときにうるさいだろ?」


いつもの絵の具がくっついた部分がいくつかある、エプロンとジャケット姿とはあまりにかけ離れた姿。

絵の具もついていなければ、いかにも風紀の先生っぽくもなくて、カジュアルな初夏の装い?


敦美は思わず、自分が子どもっぽいんじゃないかとうつむいた。



「どうした?もしかして・・・いつもの作業中の格好の方がいいとかいうんじゃないよな。
これでもめかしこんできたつもりなのに・・・。」


「う、ん・・・わかってる。それは。
だから私は。いいえ、何でもありません。」


「なんか元気ないみたいだね。」


「いえ、ちょっと先生がいつもと違うから。
それに顔に傷なんてないのに・・・どうして?」


「う~んと・・・しゃあない。高瀬には正直に言おうか。
こんな感じで仕事をしてたんだ・・・初めはね。

そしたら、生徒も同僚もうるさくなってきてね。
挙句の果てには、色目を使う同僚の先生が・・・俺のマンションにたびたびやってくるようになった。
結婚する予定もない女と、家で会うつもりなんてなかったし、もう限界だった。

そんなときだった。伯母さんが亡くなって、持ってた古家を超安値で売りに出したんだ。
それで・・・あの家をね。」


「確かにその格好だと・・・かっこよすぎるもの。
なんか私はさえない妹だよね。あはは。

私、もういいです。お礼なんてべつに期待してなかったし・・・やっぱり帰ります。」



「ちょ、ちょっと待ってくれ!
今、会ったばかりだろ。そんなに嫌なら、いつものようにするから・・・。」


「いいんです。先生は貴重なお休みなんだから、好きにしてください。
私は後ろからついていきますから。」



「何を言ってるんだ?今日は高瀬がお嬢様で、俺が付き添いなんだぞ。
服でも靴でも好きなもの選べって。
そういう約束だっただろう。」


「でも・・・私は大したことしてないし。」


「大したことだって。弁当代もかかってるし、朝も早起きしなきゃならなかったんだろう?
他のやつらに声をかけたり、たくさん気を遣った。
お礼をしなきゃいけないのは当たり前だろ!
遠慮するな。それとも・・・選べないとか?」



「それはあるかも・・・。私は高校生以下の服しかふだん見たことがないから。」


「大人っぽくなりたいのか?」


「い、いえ・・・私は老け込みたくはないです。
高校生らしいのがいいんです。」


「へぇ。めずらしいな。背伸びしたい年頃だろうに。
何か理由があるのか?」


「兄が年相応なのがいちばん私に似合ってるって、いつも言ってくれるので。」


「そ、そうなんだ。」