「ねえ、お母さん」

「何?」

「本当のところ、お母さんはどうして女優を引退したの?」

わたしの質問に、
「ただの“平井水穂”になりたかったからよ。

立川花代でも女優でもない、ただの“平井水穂”になりたかったから女優を引退したの」

お母さんは答えた。

「それっていわゆる、“フツーの女の子に戻ります”的な?」

そう聞いたわたしに、
「まあ、そう言うことね」

お母さんが言った。

「でも時間が経っても覚えている人は覚えているのね。

例えば、千秋ちゃんのお母さんとか」

お母さんはそう言って、フフッと笑った。

「それに引退したから…美咲、あなたにも会えたのよ」

お母さんはポンと、わたしの頭のうえに手を置いた。

「そうなんだ…」

それが何だか照れくさくて、わたしは呟くように返事をした。