Vol.8 ホストの休日



締日の翌日、月初の1日はほとんどのホストクラブが休みになる。

アクアプリンスも店休日。

しかし、今日もボクは忙しい。

メイ代表の古い付き合いの不動産屋に行くからだ。

新宿に来て間もないボクは当然のことながら家がない。

店には寮が完備されているがそこに住むつもりはなかった。

カプセルホテルでずっと寝泊まりするわけにもいかない。

そこで今回の運びとなったのだ。

メイ代表との約束は午前11時。

待ち合わせ場所は西武新宿駅だ。

10分前に到着するとその5分後くらいにメイ代表が白いベンツの中からボクを呼んだ。

すごーなこの車。何千万するんだ?さすがメイ代表だ。

そんなコトを考えていると助手席に乗るように言ってくれた。

右側の助手席に乗り込みメイ代表に挨拶と休みの日なのにと謝罪をした。

メイ代表「平気平気、どうせ今日は暇だしね、あはは」

そんなわけないはずなのに。

そのまますぐ近くの大久保にある不動産屋に向かった。

そこに到着すると既にボクの予算に合う不動産がずらっと準備されていた。

メイ代表「とりあえずこの中の物件は敷金も礼金も要らないようにしてもらったから、あはは」

どれも見たことないくらいの良い物件だった。

少し迷って決めた物件は、この不動産屋からも近くてお店からも歩いて通える距離の大久保にある新築のデザイナーズマンションだ。

トントン拍子に決まり、普通は保証人や審査が必要なのに、それすら不要だった。

家賃もなんとか頑張って働けば問題はない。

今すぐに入居が可能というコトでそのままマスターキーを受け取りメイ代表がその新居まで送ってくれた。

「忙しい中、何から何までありがとうございます」

「気にしないで、それじゃまた明日お店でね、あははは」

そう言って白いベンツは走り去って行った。

メイ代表は嘘つきだ。

この日のメイ代表はすごく上品な格好をしていて、西武新宿駅から不動産屋まで、不動産屋の中、不動産屋からこのマンションまでの間、メイ代表の携帯電話にはずっと着信が告げられていた。

きっとお客様と会う合間なんだろうなぁ。代表ほんとにありがとうございます。

白いベンツが見えなくなるのを見届けた後、早速マンションに入って部屋に向かった。

外装も内装もまだピカピカだ。

文句のつけようのない家。

早速布団や雑貨などの必要なモノを買う為に、職安通りにあるドンキに向かった。

一通りの必要な生活品を買って、帰りはタクシーに乗ってドライバーさんに荷物運びをちゃっかり手伝ってもらった。

新しい部屋に新しいカーテン、新しいテーブル、新しい布団。

テレビや洗濯機や冷蔵庫などの家電品は後回しだ。

新しい布団に横になって、ボクも今日から帰れる家が出来たコトに感激した。

そのまま夕方までボーっとしていようと思った矢先に携帯が鳴った。

ルイからだ。

ルイ「もしもし、蓮?今何やってんの?オレ今暇だからさぁ、一緒に買い物付き合ってくれよ」

え?ショッピング?そんなの彼女とでも行けばいいのに。

ボクに拒否権などあるわけない。

ボク「はい、わかりました。どこに行けばいいですか?」

ルイ「新宿のマルイに15時な」

ボク「わかりました。失礼します」

今の時刻は14時20分。

バタバタ急いで着替えて準備した。

タクシーに乗ってマルイに向かう。

なんとか14時55分にマルイ前に着くと、遠くからルイが誰かと歩いてこっちに向かってるのが見えた。

頭を下げるとルイは手を振ってきた。

隣に居る女性はあづさちゃんだ。

あづさちゃんは会うなりいきなりボクに抱きついてきた。

あづさちゃん「蓮クン、昨日はお疲れ様」

ボク「コラコラ、こんな人通りの多いところで抱きついちゃダメだって。皆見てるじゃん。お店ならまだしも。ルイさん怒っちゃうよ」

この時からボクはあづさちゃんにタメ語になった。

ルイ「べーつーにー」

3人で笑った。

早速メンズファッションの階に上がるとまずは靴屋さんへ。

ボクが今まで靴屋では見たことのない値段の靴がズラッと並んでいる。

ルイはそこから無造作に5足も選んでた。

そして

「蓮、プレゼントしてやるから好きなの選びな」

え?プレゼント?まじで?

でも全部が何万円もする靴だ、なかなか選べない。

そんな様子を見ていたあづさちゃんが、

「蓮クン、こんなの絶対に似合うよー」

え?それさぁ、8万円もするんだけど?

「おっ、さすが、あづ。センスあるわぁ。それで決まりだな」

2人に勝手に決められた。

お会計を済ませて、次はルイの好きなブランドのトルネードマートと5351へ。

さすが毎月給料が500万円をゆうに越しているナンバーワンだけある。

まとめ買いにも程があるっていうくらいに買いまくる。

トルネードマートでは120万円、5351では80万円の買い物。

そして最後に、またしてもボクにプレゼント。

「蓮、今貸しスーツでしょ?なんか自分の好きなスーツ選びなよ」

え?普通そこまでしてくれるか?まじ神様なんですけど。

あづさちゃん「やったね、蓮クン、また私が選ぼうか、ふふふ」

ボク「ルイさん、ありがとうございます。甘えさせてもらいます。」

スーツは自分で選ぶ。

大体どれも似たような値段だったからだ。

5着程、試着させてもらい一番自分に形がフィットしたモノを選んだ。

そこからお直しとして肩幅、ウエスト、丈、全てを自分のスタイルに合わせてもらえるようにルイが頼んでくれた。

ここまでいくと、ほとんどオーダーメイドみたいなモノだ。

ルイがお会計を済ませてくれた。

ルイ「蓮、こいつは出世払いで返せよー」

ボク「で、ですよね」

あづさちゃん「ホストの世界は怖いからね、ふふふ」

なんだか凄く楽しかった。

お直しの時間が1時間あるのでルイとあづさちゃんは先にそのままデートに出掛けて行った。

ルイ「またな。あっ、オレ次の出勤は7日だから」

本当に何から何までありがとうございます、とそこで2人と別れた。

そうか。ルイは自由出勤だもんな。7日までどっか旅行にでも行くのかな?

お直しを待つ間に洋服を見て時間を潰した。

どれも今のボクには値段が高くて手が出せないモノばかり。

ルイの凄さをまた実感した。

スーツが仕上がり、受け取ってまたタクシーで家に帰った。

帰ると同時にスーツを着て、新品の靴を部屋の中で履く。

貸しスーツとは全然違う。

自分の身体にフィットして、何より着ていて気持ちいい。

そして、足元。

お洒落の基本という意味がわかるほどにその靴は美しかった。

高いモノには理由があるということをこの時に学んだ。

うん。これなら他のホストに見栄えでも負けない。後は中身と気持ちだ。ボクも明日から頑張らなくちゃ。

気持ちが引き締まった。

それにしても、メイ代表といい、ルイといい、こんなボクに良くしてくれて本当に有り難さを感じた。

この恩は必ず返すんだ、その気持ちで一杯だった。

着替えて間もなく、ボクは布団の中で眠りに着いた。

締日が終わって、朝の5時からメイ代表との約束の午前11時までろくに寝ていなかったせいもあった。

3時間ほど仮眠をとると、メールが届いていた。

ルイ「明日からまた頑張れよ。それとえみちゃんに昨日のお礼まだ言ってないならメールでも良いから早めに言っとけよ。それじゃ、お疲れちゃん」

の文面だった。

ヤバイ、お礼まだ言ってない。

急いでえみちゃんに電話をかけたが留守電になった為、メールをした。

「お礼遅れてごめんなさい。昨日は本当にありがとうございます。えみちゃんがボクの初めてのヒトになってくれて本当に良かった」

なんだか童貞を捨てたみたいな言い草な文面だ。

すぐに返信がきた。

「今撮影中で電話出られなくてごめんね。こちらこそ本当に楽しかったし、初めてのヒトに慣れて嬉しかったです(笑)休みの日にわざわざ連絡ありがとうね」

そうだった、えみちゃんがAV女優さんだったことを思い出した。

「仕事頑張ってくださいね。ボクは何も知らないヤツですが話くらいならいくらでも聞けますからね。愚痴や悩み事なんかが出来た時には頼ってください、力になれることには全力で力になりたいです」

「蓮クン、真面目なヒトみたいで良かったです。嬉しい言葉ありがとう。それじゃもう一本撮影頑張ってきます」

それでメールは終わった。

まだたった1人のお客様しか居ないボクでも、そのお客様を満足させるには程遠い。

それに比べてメイ代表やルイは違う。

メイ代表はボクなんかより何倍も疲れてるはずなのに、朝からボクに付き合ってくれて、そこからお客様と会っているに違いない。

ルイも同じだ、あづさちゃんと一緒に居たところわざわざボクを呼んでくれてプレゼントまで。

2人とボクとではホストの能力では段違いの実力差があり、経験も売上も敵わない。

でもまずボクのお客様のえみちゃんにとってのナンバーワンを目指そう。

純粋にこの時こう思えたコトこそが、幸運なコトにこれからのホストとしてのボクを大きく飛躍させることに繋がる。

しかし、この時のボクはオンリーワンから、そしてナンバーワンへと続く道がどれ程厳しいモノなのかもまったく知らなかったんだ。














この日、眠りについて夢を見た。

幼い頃の記憶。

野球したり、サッカーしたり。

それだけで楽しかった頃の夢。

いつからあんな風になれなくなったのかな?

大人になるにつれ、沢山のモノを欲しがった。

そしてそれなりに手に入れた。

それなのに、楽しいコトは減るばかり。

いつからか時間に追われ、仕事に追われ。

自分が水商売、ホストをしていることは永い間、皆に黙っていた。

家族にも友人にも。

それはあの頃少し劣等感を感じている自分が居たせいだったのかもしれない。

それでもやはり人間は成長していく。

少なからず一歩ずつ上の道を歩む為に努力をする。

結局どの仕事もこの努力を怠った時に成長は止まるのだ。

人間は甘える生き物だが、百々のつまり、いかに志を高く持てるかという人間力こそがそのヒトの価値に繋がるのではないだろうか。

誰かの為ではなく自分の為に出来るコト。

自分の為ではなく誰かの為に出来るコト。

今のボクに出来るコト。

それが例え不可能と誰かに言われても、

間違っていると言われても、

まずやってみなきゃ、わからない。

自分の未来は自分で創るしかないんだよ。

そこに仲間や恋人や家族が居るなら最高にハッピーなことなんだ。

そもそも、見た目や仕事なんかどうでも良い。

ハートさえあればそれだけでラッキー、生まれて来た甲斐があったってもんさ。