Vol.7 壮絶な男の戦い
ホストの壁が今にも崩れて降ってくるのではないか、そう思わせる程の圧倒的な圧力。
そんな中、ドンペリが卓に到着。
シャンパンオープンからコールが始まる。
オープンされた後、用意されたグラスに注がれる間にコールは進み、まずはオープンコメントを担当とお客様にもらう。
この時マイクが何を言っているのかボクには全くわからなかった為、いきなりボクの手元にマイクが渡った時には一瞬頭が真っ白になった。
「蓮クン、今の気持ちを言ってごらん」
そうメイ代表が耳打ちしてくれた。
沈黙の後、
ボク「えーと、えみちゃん、初指名、初シャンパン、ほんとにありがとう。このコトはボクにとって一生忘れられないモノになります。それからあづさちゃん。そんな素敵なえみちゃんを昨日このお店に連れてきてくれてありがとう」
ホスト全員「いぇぇぇぇえええい、おーーーう」
続けてメインマイクがえみちゃんにコメントをもらう。
えみちゃん「新人の蓮クンを育てられる程お金持っているわけじゃないけど、私なりに頑張りまーす」
ホスト全員「いぇぇぇぇえええい、おーーーう」
コメントから見てもボクよりホスト慣れしている。
その間にドンペリの注がれたグラスが渡されて、ココから疾走感のある乾杯コールが始まり、その後の乾杯の合図でえみちゃんとあづさちゃん、ルイとグラスを合わせて一気に飲み干した。
通常ホストクラブでシャンパンコールをする際は、ボトルに一滴も残らないようにホスト全員にグラスが用意され全員で一瞬で空にする。
このアクアプリンスは少し違った。
残ったドンペリのボトルをメインマイクが片手に持ち、またコールが始まる。
そして、これを直ビンするヒトを3人選べと言ってボクにマイクを渡してきた、これはちゃんと聞こえた。
え?3人か、よし。っていうかボクこの店で名前覚えてるヒトほとんど居ないけど?
ボク「それではまずメイ代表お願いします。それからラストにボクが呑みたい、と言ってみたいところですが二番目はボクに行かせてください。そして、やっぱりラストはボクの憧れの当店ナンバーワン、ルイさんで」
この日一番大きい声のホスト達。
メイ代表がドンペリを片手に凄まじいコールが始まる。
この時にもやっぱりルイはメイ代表を睨み付けていた。
まだドンペリは8割くらい残っている。
炭酸を抜くこともなく、メイ代表は呑んでいく。
まだ呑むのかっていうくらいに呑む、呑む、呑む。
このヒトの凄さを見た。
次にボクに渡された。
が、それをルイが奪って呑む。
え?アナタがラストなのにさ。えー?
これまたルイも呑む、呑む、呑む。
そして優しい笑顔でルイはボクにボトルを渡すと
ルイ「おまえらー、ここはやっぱり蓮がラストだろー」
ホスト全員「ラストは蓮クン、ラストは蓮クン、ラストは蓮クン」
ボクはもうボトルにチョビッとも残ってないドンペリを呑むふりをしながら呑んだ。
えみちゃんもあづさちゃんも満面の笑みでボクを讃えてくれているように見えた。
呑み終えて、コールがまた始まりお味の感想ということでまたボクの手元にマイク。
ボク「これからえみちゃんに相応しいホストになっていくんでよろしくー」
それからマイクはえみちゃんへ。
えみちゃん「楽しみにしてます。でも今のままの蓮クンで居てほしいって気持ちもあります、直ビンかっこよかったです」
そこからご馳走さまコールに移り、盛大にシャンパンコールが終わった。
ホストはそれぞれ散り散りに元に居た場所へと戻っていく。
ルイもあづさちゃんとえみちゃんの頭をクシャクシャっとした後に違うお客様のテーブルへ行った。
メイ代表が
「蓮クンまだ、お酒キツイでしょ?無理はしなくて良いからね!オレ達が必ず助けるから」
さっきのドンペリがボクの手元に来た時に空になってた意味がわかった。
お酒の弱いボクをメイ代表とルイがかばってくれていたのだ。
「今から死ぬ程に呑むぞー」
そう言ってメイ代表も自分のテーブルへ戻っていった。
ボクもえみちゃんとあづさちゃんとの会話の時間に戻る。
誰かがヘルプについてくれて、そのヘルプが何も出来ないボクの代わりに仕事をこなしてくれた。
このボクのシャンパンコールをきっかけにこの後のアクアプリンスは異常な状態となる。
シャンパンコールの連続。
途切れることなく各テーブルでシャンパンコールが巻き起こるのだ。
このお店では50万円以上のお酒のオーダーがあった場合はオールコールと言って、従業員全てが集まってのシャンパンコールをする。
それ以下の金額の場合は指名のあるホストのみ任意でシャンパンコールに参加、それ以外の客の来ていないホストは強制の参加だ。
しかし、今日が締日ということもあり、ほとんどのホストが全てのシャンパンコールに参加していた。
終わらないシャンパンコール。
何時間も続く。
ほとんどのテーブルはお客様が一人ぼっちとなる、オンリーと言われる形だ。
それでも文句が出ないというのは今日という日がどういう日かを彼女達がボクより知っているということなのだ。
このシャンパンコールを起こしているのはナンバー陣、幹部のお客様達。
今日の売上で来月の自分の立場が変わる、ナンバーとはそれほどに重たいモノなのだ。
次々に高級シャンパン、高級ブランデーが卸されていく。
その中でもメイ代表の客数は凄まじく、それでいて全てのお客様が高額を卸している。
素人の目から見てもわかる。
この締日、ナンバーワンの座を争うのはメイ代表、ルイの2
人だということ。
閉店時間を振り切って時刻は午前の3時。
さすがにココでマイクからラストオーダーの呼び掛けが入った。
ボクはあづさちゃんとえみちゃんの卓に座っていた。
ラストオーダーを伝えるとえみちゃんはドンペリをもう1本と言ってくれた。
あづさちゃんはルイに任せてあると答えた。
ルイはエースの卓に座っている。
メイ代表も同じだ。
エース、つまりお客様の中でも一番の太客、お金を持っているお客様という意味を指す。
客の種類。
初めてくる初回の客、2度目以降に来て指名のないフリー客、指名があって金額をあまり使えない細客、反対に月に何十万円、何百万円と使う太客、その太客の中でも圧倒的な財力を持つエース。
この客の分別に関してはホスト一人一人が違う価値観であるため、基準もまた変わってくることだろう。
例えばこの時のボクにとってはえみちゃんが太客とも言えるし、エースとも言える。
でもナンバー陣からしたら細客と見られる可能性があるということだ。
ボクにとっては関係ない。
ホストのボクにとってえみちゃんは言わずもがなかけがえのない存在だからだ。
各テーブル待ったなしのラストオーダー。
見たことのないお酒が次々に運ばれていく。
ボクのテーブルではえみちゃんのドンペリをシャンパンコールなしの卓呑みで、あづさちゃんの方にもコールなしのクリスタルボトルのブランデーが運ばれてきた。
アクアプリンスでは締日のラストオーダーのみ、100万円以上のオーダーしかシャンパンコールをしない決めになっていた。
さすがにココまでオーダーを積み重ねた客にとって、ここに来ての100万円以上のオーダーは厳しい。
その中でもナンバー陣、幹部のエース達は違う。
一品100万円以上のモノが運ばれていた。
えみちゃんが色々教えてくれた。
あれはロマネ・コンティっていうワインで、あれはドンペリのプラチナっていうシャンパンで、あれはリシャールっていうブランデー、だということ。
それらのコールが次々と終わり、最後はやはり当店のナンバーワン、ルイのテーブルのシャンパンコールで締めくくりだ。
ルイのエース。
女優さんの様に美しい風貌で、ヘルプからマダムと呼ばれていた。
ラストに相応しいバカラ製のクリスタルボトルに入ったブランデーが8本。
その8本の総額720万円。
今オーダーしたモノだけで720万円。
ボクは身体中が震えたのを覚えている。
このラストの盛大なコールが終わり、店内は少し暗くなった。
その時にルイはエースのテーブルから離れて、ボクとあづさちゃん、えみちゃんの居るテーブルに座った。
「オレ、ナンバーワン、とれるかな?今回メイ代表が初めて本気でオレと戦ってきた。一応ラストで捲ったはずだけど、まだわからない。もし負けたらごめんな」
そう言ってルイはまた違うテーブルへ行った。
そうか、ルイは自由出勤である故に出勤日数はメイ代表より少ない。新規を増やすチャンスも減る。ハッキリ言って客の数もメイ代表に敵わない。だからこの締日に懸けていたのだな。
ルイのあの怖い程の目線は戦うという意思。
そして負けるのが怖いという表れだったのではないだろうか?
店内には今日初めてオーナーの声が響く。
ナンバー発表だけは毎月、オーナー自ら行うらしい。
ナンバー10。
9。8。7。6。5。
盛大な拍手と悲鳴に近い雄叫びの中で、勿論ボクの名前はないが、メイ代表、ルイともに呼ばれない。
4。3。
なぜだかボクの心臓まで破裂しそうだ。
残すは優しいお兄ちゃんの様なメイ代表。
そして憧れのルイ。
オーナー「当店ナンバー2、代表取締役、如月メイ」
盛大な拍手と歓声。
まるでサッカースタジアムにでも居る様だった。
この時に見たメイ代表の頬には涙が流れていたんだ。
オーナー「当店11月度ナンバーワン、、、水澤ルイ。おめでとう」
スポットライトがルイを照らす。
ホストには似合わないガッツポーズ。
ルイ客のあづさちゃんは泣いていた。
というより、ルイ客の全てのヒトが涙顔だった。
おめでとう、そんな祝福をしているように見えた。
その涙の意味に彼女達の凄惨な現実が含まれていることなんて誰も知るよしもない。
こうして長かった、ボクのホスト1日目の締日は幕を閉じた。
この話はまだ肌寒い秋の11月を終えて、本格的な冬を迎える師走の始まりのこと。
店から全てのお客様がはけた後、メイ代表とルイは握手をしていたっけ。
お互いを尊敬しあってる、それがわかったよ。
それでも1番には1人しかなれないんだよね。
ホストにとってナンバーワンは絶対的なコトなんだね。
この時ボクにはわからなかったよ。
そのプライドや涙の意味が。
お客様の涙の意味も。
負けた代表が笑って、勝ったルイが泣いている、その意味も。
ボクもいつかその場所に立てるのかな?
いや必ず立つ、
と言える程、ボクはアナタ達のように強い人間ではないと自分でわかってたつもりだよ。
でも同等に、本当の上下ない友達としてその場所にボクも行けるなら、
ボクはこれからなんでもしようじゃないか、
そう思わせる程にアナタ達はボクにとって眩しい存在だったよ。
相対的な場所に居るアナタ達。
その間に入ってボクもいつかアナタ達と本気で笑い合って、涙を流して。
そうやって戦ってみたいな。