Vol.6 本入で見る締日
アラームが鳴り響く。

目覚めの気分は悪くなかった。

シャワーを浴びて、急いで出勤準備を整えてお店へ向かう。

10分程でお店に到着するともう何人かのホストが出勤していた。

一通り挨拶を済ませ店長と呼ばれている人に新人がやるべきコトを教わる。

まずは基本の掃除や雑用。

これは誰でも出来る仕事だ。

今までやったことないくらいに本気で掃除に取り組んだ。

それが終わるとカワシボ、つまり乾いたおしぼりを丁寧に畳む。

この時、これを何に使うかもわからなかった。

その後はフリーボトル、つまり初回のお客様に出すボトルのストック準備。

歌舞伎町ではやっぱり鏡月だ。

今、思い出しただけでも吐けるほどにココから先にこの飲み物を大量に呑むことになるわけだ。

それから買い出し。

割り物のストック、バナナチップ、カキピー、レモンやライムなんかも買いに出る。

その他の雑用を終えるとトイレに一度お香を炊いてひとまずオッケー。

お店の開店準備が整うと、朝のミーティングが始まる。

初めての水商売。

夕方なのにおはようございますという挨拶をするコトに違和感を感じたのは懐かしい想い出だ。

このミーティングに出ているのは幹部とナンバー10以外、所謂「売れていないホスト」達だった。

その中でも売上順で上下関係が決まる。

ホストは特殊な形以外は売上が優先される為、勿論年齢や経験など関係がない。

その売上順にホストが並びミーティングが始まるのだが、当たり前にボクは一番下なので角に立った。

ミーティングを仕切るのは店長だった。

まず店長に今日から本入するボクに自己紹介をするコトを促された。

「今日からお世話になります、蓮です。未経験でわからないことも多々ありますがどうか可愛がってください」

パチパチパチとまばらに拍手が聞こえた。

それから声だし。

左から順番に

ホスト1人「いちぇーさごらーてさすっ」

ホスト全員で「っせー」

とかなり大きい声で言っていく。

最初は皆が何を言ってるのかサッパリわからない。

は?ヤベー、何言ってんのかわかんねーって。

そう思ってるともうラストのボクだ。

とりあえず何も言えないでいると店長が

「蓮クンが1名様御来店って言うと皆がいらっしゃいませって言うんだよ」

と教えてくれた。

ボク「1名様御来店ですっっっ」

ホスト全員「っせー」

いやいや、絶対いらっしゃいませとか言ってねーじゃん?

そう思ってるとその場で笑いを堪えるのが精一杯だった。

そして、今日の誰が誰と同伴かだとか、誰の客が何時に来るとか、そういった来店予定がホワイトボードに書かれていく。

幹部とナンバー10の全員が同伴で予定があり次々とホワイトボードの仮設テーブルの中に客の名前と担当の名前、つまりホストの名前が書かれていく。

キープボトルは何があるか、お客様の名前を忘れない為の仕掛けや工夫がある。

付け加えると営業中にはココに担当自ら

「煽ってくれ」

「帰らせないように」

「ヘルプいらない」

「枝アツイ、がっつけ」

「呑み卓注意」

「テキトーに好きにしていいよ」

などの文字が書き込まれるようになる。

まぁ、この時のボクにとって有難いのはそのホストと女の子の名前がすぐにわかるといったくらいだ。

だいたい全ての予定が書き込まれるとその場に居るホスト達の予定を左から聞かれていく。

ポツポツと予定がある、来るかもしれない、などと言った声があがっていく。

ふーん、ココに居る人達はこんなものか、とその時は思った。

店長が最後に

「今日は締日なので一部、二部合同で一部営業ですが、最後までしっかり仕事しましょう」

的なコトを言った。

一部、二部合同?だからこんなに人が居て昨日見かけなかった人も居るんだな。っていうか締日って?月末のこと?

店長が続けて、

「蓮クンよく今日から入店したね、あはは、蓮クンは今日は雑用メインになるから健太に色々教えてもらってね」

と、ボクの左隣のホストを指さして言った。

な、なに?締日ってヤベーの?完全に来る日間違えたのか?

そんな不安の中営業前のお香が炊かれ、店内の調光、音楽が鳴り響く。

アクアプリンス開店。

続々と幹部とナンバー陣がお客様とともに来店。

卓には既にアイスからキープボトルまで先程全て配置通りだ。

お客様を入店して待ち時間なく混雑せずに即テーブルに案内できる。

客予定のないモノは入口からホールまでの通りにズラッと立ち並ぶ。

程なくして、メイ代表も出勤。

そして同伴組を併せてこの店の全てのホストが出勤した。

いや、待て。

ルイ、ナンバーワンのルイが来てない。

そう思うと、昨日嗅いだ記憶のある香水の匂いがした。

あづさちゃんと入ってくるルイ。

昨日はナチュラルにおろしたヘアメイクだったのに今日は完全なホスト仕様のヘアメイク。

昨日よりギラギラした目線、今にも誰かと喧嘩でもするかのような、そんなオーラで現れた。

ルイ「オレの大事なヤツ、来店」

ホスト全員「せっー」

コラコラ?全然セリフ違くね?でもなんだあれ、かっけー。

そうやってあづさちゃんをテーブルに案内すると、ルイはまた店外に出る。

そして30秒してまた入ってきた。

ルイ「オレのエース、来店」

ホスト全員「せっー」

え?エースってなに?とりあえず、せっー。

その人をテーブルへ。

また出ていく。

入る。

ルイ「ごらいてんよー」

ホスト全員「せっー」

なるほど、相手がゲイの人だから、ね。なんとなくわかった。お姉風にせっー

テーブルまで案内。

出ていく。

入る。

出ていく。

入る。

こんなコトを繰り返して、この日ルイは7人のお客様と店前同伴、つまり実際には付き合いをしないで店の前までお客様を呼んでそのまま同伴とする形で出勤してきたのだ。

ルイは最後のお客様を案内した後に、

「蓮、おはよー、今日もあづさのヘルプ頼むぜ」

とウィンクしてボクに声をかけてくれた。

「はいっ」

思わず大きな声で応えたボクを他のホストが全員見てきた。

開店から大忙し。

なんだよ、締日って。まじキツイし洗い物間に合わねーし、ルイはいったい何人客呼ぶんだよ。

ずっとルイの行動が気になった。

そう、笑いが出るほどにまるで恋する乙女の様な心境だ。

ボクは洗い物を片付ける間にトイレの見回りには何度も行った。

お香が切れていないか、ペーパーは綺麗にあるか、水が跳ねていないか。

それからまたキッチンのほうに入る。

ちょうど、先程トイレの見回りに行った時にルイ客のあづさちゃんと会って、

「蓮クン、早くついてよー、待ってるね」

と抱きつかれた。

え?ルイに見られたらヤバクね?

あづさちゃんの後ろにはルイが立っている。

でも笑顔で、

「は、や、くー」

こ、こどもか、おまえら。

そう思った。

最初に出勤してきたルイのあの刺々しさはもうそこにはなく、少しホッとした。

それから少しして代表がボクの頭をヨシヨシしに来てくれた。

「蓮クン、今日もがんばろー、あははは、まぁ、ボチボチでいいんだからさ」

この人はいつもマイペースな人なんだろうなぁ、と思った。

オープンから続々と人の数は増え続け、遂には店外に、待ちがある状態となった。

ココでホワイトボードには

「高額、シャンパン、入れられない客は帰せ」

の赤い文字が書かれていた。

ナンバー以外の担当の客は次々と入れ替わる。

時計の針は21時。

ボクはまだヘルプすら一度も出来ないまま雑用に追われていた。

バタンバタン。

誰かがキッチンに入ってきた。

「蓮クン、お客様来てるよー」

店長が言った。

え?オレ?客とか居ねーし、間違いでしょ?って誰だよ?

と思いながら店の入口に行く。

するとキャッシャーの前には昨日あづさちゃんと来てくれてた、あの枝の子が来てくれてた。

ボクは昨日のルイの言葉を思い出した。

「あの枝の子、絶対蓮指名にしてやる」

現実になるのか、あんなこと。ルイ、なんてヤツ。いや、待て。もう今は卓が空いてねーぞ?しかも確か高額とかシャンパン入れられない客は帰せって書いてあった。これってチャンスなの?ピンチなの?

「いらっしゃいませ」

ルイがボクの後ろから眩しい笑顔で言った。

「蓮、エスコートだよ、オレと同じテーブル、さぁ、初めての指名だよ、さあ」

実はボクはこのお客様の名前を知らない。

昨日一生懸命あづさちゃんのヘルプしたのにこの枝の子とは会話をしてないのだ。

素人にはよくある、名前の聞き忘れ、そして名前の言い忘れをしていた。

それよりも今はとにかくこの指名してくれた子の手をとって、

ボク「ボクの初指名のお客様御来店ですっ」

ホスト全員「せっー」

ルイ「こいつ、言ってくれるじゃん」

うん、言っちゃった。ちょっとルイの真似しちゃったよ。でもこれくらい良いよね?初指名だもん。

フロアーに入りエスコートしている最中、メイ代表と目が合った。

「あははは、さすがオーナーの目に止まった男の子だ。おめでとう、初指名」

そう皆に聞こえる程の声で言った。

恥ずかしくて、でもそれよりも嬉しくて、ボクはこの時に初めてホストになれたのかもしれない。

あづさちゃんの枝の子をエスコートするボク。

そして誰よりも堂々とボクの前を歩いてボクをエスコートしてくれる、ルイ。

ねえ、ルイ、あのフロアーを歩いたたったの30秒、ボクにとってはかけがえのない時間だったよ?でもボクより嬉しそうにしてたルイを見て、少し涙が出そうになったんだよ?

あづさちゃんの待つ、フロアーの一番奥にあるV.I.P.ルームへ入った。

「えみちゃん、いらっしゃーい」

あづさちゃんが少し酔った感じで言った。

えみちゃん、か。よし、とりあえず名前はわかったぞ。

ルイ「蓮そこ座って、えみちゃん、はそこね」

ふふ、ルイも絶対今、名前知ったんだろ?

ボク「えみちゃん、こんなボクを選んでくれてありがとう」

えみちゃん「ううん、蓮クン一番タイプだったもん」

嘘つけ、ルイ、あづさちゃん、ありがとう。

ボク「ボクのホスト人生でアナタが初指名です、ナンバーワンです」

わけのわからないことを言っていた。

ただ、この時にはまだあのホワイトボードに赤で書かれた文字が気になっていた。

ルイは全部お見通しだった。

ルイ「えみちゃん、今日ウチの店、めっちゃ煽るけど、お財布大丈夫?」

は?なんてこと聞きやがる。

えみちゃん「私だってホストの事情くらい知ってますよーだっ」

おおお?なんだこの聞き慣れないやりとりは?

ルイ「とりあえず昨日呑んだドンペリいっとけよ、蓮」

ボク「.........」

沈黙。

更に沈黙。

えみちゃん「ドンペリ持ってこーーい」

ルイ、あづさちゃん「よいしょー」

おおお?ノリ軽っ。でもよいしょー

オーダーのやり方も知らないボクの代わりにルイがお願いしますと言って内勤を呼んで頼んでくれた。