Vol.4 ナンバーワンの男



黒服がテーブルにやってくる。

ルイが

「コールは要らないから」

そう言うと黒服は頷いて下がっていった。

すぐにドンペリとその場に居た、ルイ、女性客2人、ヘルプ2人、ボクのグラスが準備され、ヘルプの1人が豪快にオープンしてグラスに注いだ。

何も出来ないボクはただ見ているだけ。

そして注がれたグラスを皆で持ち乾杯をした。

初めて飲んだドンペリというシャンパンの味。

ボクに理解出来るモノでは勿論なかった。

そうこうしながら一瞬でドンペリは空いてしまう。

さすがホストといったところだ。

乾杯から始まり、巧みにその女性客や自分達がどうしたら呑むのかを熟知しているようだった。

一方、ルイはボクの様子を見るわけでもなく、女性客と会話をしているわけでもなく、どことなく気持ちが違うところを向いているかのようだった。

ドンペリが空いて間もなく、ルイは無言で席を立ち、違う自分のお客様のテーブルへ行った。

「さすがルイさん、売れっ子は忙しいね」

「ドンペリ入れてコールやらないくらいだもんな」

ヘルプの2人がそう言うとルイ客のあづさちゃんは、淋しそうに、でも嬉しそうに頷いていた。

ボクは会話をしている間にこのルイ客のあづさが幹であるのに対して、新規のフリーで来た友達の子が枝であるということをなんとなく理解していた。

なぜならヘルプ達がどちらかというとそちらの枝の新規とばかり話していたからだ。

なるほど、この枝を奪い合うという図式が見えた時、ボクはどうせ体験入店だから関係ないと思って必死にルイ客のあづさとの会話に集中していた。

会話の中で、彼女らが今日撮影を終えたばかりのAV女優であり仕事仲間であること、年齢、趣味、好きな食べ物、動物、住んでいる場所、その他にも色々な情報がわかった。

コールとは何か、爆弾とは何か、そんなホスト用語までこの時少し教わった。

無論、初めて聞くことばかりの会話に驚きは隠せなかった。

普段付き合いのない、ボクからすると遠い世界に住むヒト達の話。

不思議と楽しくて胸が踊る感覚があった。

するとルイが戻ってきて満面の笑みで

「蓮クン、サンキュ、ココはもう大丈夫だから」

そう言われてボクは礼儀文句を言ってそのテーブルから離れた。

笑顔のルイ、さっきまでのクールな表情のルイ。

この2つの顔がすごく印象的で頭から離れなかった。

それからまた違うヘルプでいくつかのテーブルを回り、お酒も入っているせいか時間の感覚もなくその日の営業終了を迎えた。

カーテンコール、暗く静まる店内。

スポットに照らされたのはルイだ。

「本日のラッソンは当店ナンバーワンのルイで今宵最後のひとときをお楽しみ下さい」

誰かがそう言った後でルイは歌い始めた。

白スーツが光り輝いて見えた。

それにひきかえ借りたスーツに既に酔っぱらいそうな自分。

惨めさと悔しさ、そして憧れまでもがそこにあった。

曲が終わり、閉店の挨拶が流れてから店内が明るくなった。

残ったお酒が次々とホスト達によって空けられ、そして徐々にとお客様が帰っていく。

片付けを始めるホストに見習って少し酔ったボクも参加しようとすると、メイ代表に手招きされた。

「今日は雑用はしなくていいよ、応接室で話そうか」

今日はどうだったか、何か困ったことはあったか、そんなコトを聞かれながらも少し酔っているボクは特に、と言うのが精一杯だった。

その時、白スーツの男が突然部屋に入ってきた。

ルイだ。

ノックもしないで、なんて奴だ、と思っていると、

「代表、オレ今から蓮と飯くって遊んでくるんでミーティング出られないですわ」

はぁ?いきなりボクがルイと飯?遊ぶ?っていうかナンバーワンならちゃんとミーティング出ろよ。

「あはは、いいよ、わかった」

ルイはもうすでに白スーツをそこら辺に脱いで私服に着替え始めていた。

いいのかよ?なんで?ナンバーワンってなんでもありなのか?

ボクも急いで着替えた。

「そしたら蓮クンお疲れ様、今日の給料。そして明日来れるなら店に17時に来てね」

そうメイ代表に言われるとルイがボクの肩に手を回して

「ねぇ、ちょー腹へったぁ、早く行こうぜ」

代表、そしてホストの皆に一礼してお店を出た。

ルイのキャラがわからなくなった。

白スーツのナンバーワン。

でも今はただの同学年のお兄ちゃん。

「ふわー、疲れた、飯いこーぜ」

この時、ルイと歩く初めての歌舞伎町がすごく眩しく見えたのを今でも覚えている。








白スーツにナンバーワン、一方は貸しスーツの素人。

この日彼が見たボクの姿はどんな風だったのかな。

ボクから見た今日の彼は間違いなくヒーローの様だったから。

ホスト初期のボクにとって間違いなく財産になる男、ルイ。

彼との出会いでホストの世界にのめり込み、そしてそこで抗う様に必死に生きていくこと。

そんなことはもう、既にこのときわかりきっていたことだったのかもしれない。