Vol.3 異様な世界
彼に連れられ歌舞伎の奥に進む。
全て見たことのない場所。
道を記憶することが苦手なボクは必死に来た道を覚えようとした。
そしてほどなくして到着した場所、そこはホストクラブ。
テレビや漫画で少し見たことがあるといった程度の知識しかないボクからすると、驚嘆するほどに美しい内装の装飾の数々がそこにあった。
店内にあるキャッシャーの横に続く道を彼について進む。
途中、数人のホストに睨まれるような感覚を覚えながらドアを開くと応接室に通された。
そこに座らされて少し待つように指示を受けると、間もなく代表と呼ばれるヒトが入ってきて面接のようなモノが始まった。
「君、他店のホストくん?」
意味がわからず困っていると、どうやら彼はボクがもうすでに他店でホストをやっていると思っているということがわかった。
「いえ、今は無職でホストというお仕事もしたことありません」
「へー、君、なかなか度胸あるじゃない」
一瞬、なぜか急に恐怖感が湧いてきた。
ココはテレビでよく無法地帯と揶揄される場所だからだ。
彼は悟ったように、
「あはは、誉め言葉だよ、ボクはこの店を任されて代表やってるメイって言います、よろしくね」
彼は底抜けの笑顔で名刺を渡してきた。
「今回スカウトされてどう?この店。未経験の君でも充実した環境で君をサポートすることには我々は自信があるんだけど」
この手の台詞は水商売においては常套句。
しかし、当時のボクは何も知らない。
「とりあえず体験だけでもしていきなよ?仕事もしないで見てるだけでも良いし、勿論今日の給料も出すからさ」
見てるだけ?それで給料まで?
勿論これも常套句だ。
一通り身分証のチェックと履歴書の記入を終えると、たまたまこの店のオーナーが部屋に入ってきた。
「君、ウチのナンバーワンになれるよ」
この一言を言われてそのヒトは忙しそうにまたどこかへ行った。
何言ってんだよ?ナンバーワン?なんだよ、それ?勝手なこと言いやがって。
当時のボクはそんな風にその言葉を捉えていた。
「あはは、あの人ね、ウチのオーナー。テキトーなこと言ってそうなヒトだけどね、案外言うコトは間違ってないヒトだよ。何よりヒトを見抜く力はこの界隈でもずば抜けてる。良かったぢゃん?気に入られたみたいだし」
そうなのか、まぁ、そこまでボクには関係ない、そんな風に話を流して聞いた。
スーツと靴が用意されて、インナーは今着てるのをそのまま身につけた。
なんとか様にはなったといった感じ。
「君、今日から蓮クン。えっと、源氏名っていってね、ホストとしての君の名前だよ。じゃ、蓮クン、幹部の皆に顔見せ行こうか」
メイ代表に連れられて、幹部と呼ばれるヒト達と挨拶を交わしてまわった。
専務取締役、常務取締役、部長、マネージャー、ホスト長、幹部補佐数名。
いちいち覚えていられなかったので、メイ代表の名前だけ忘れないようにと手のひらにペンで書いた。
フロアに出ると店は盛況で見たことのない世界がそこにはあった。
男女が盛り上がってお酒を飲んでるテーブルもあれば、肩を組んでそれらしい雰囲気のテーブルもある。
ふーん、あんな奴らでもこの仕事出来るんだな。
偉そうにも当時の素人のボクから見た彼らホストは、一流という風には見えなかった。
その時、ふいに目に止まった男。
端正で整った顔立ち。
お洒落な白スーツに鋭い目線。
「メイさん、あのヒトって?」
「ああ、ルイって子だよ。彼、自由出勤だから役職とかにはついてないけど、ウチのナンバーワンだね」
男のボクから見てもまぶしい程のオーラを纏った男。
ほんの数秒彼に見とれてしまった、その時、彼の目線がボクに向けられた。
ふいに目をそらしてしまう。
彼はテーブルから立ちお客様とヘルプを置き去りにしてこちらに歩いて向かってくる。
「君名前は?」
「ああ、彼は今日体験入店の蓮クン。仲良くしてやってくれよ、ルイ」
メイ代表が代わりに挨拶をしてくれた。
「はい、勿論。蓮クンって言うんだね。後でオレの席に来なよ?オレの客の枝の子が君を見てタイプなんだってさ」
席?枝?タイプ?知識がない上に緊張もあってか全く理解できず、とりあえずわかりましたとだけ答えた。
それからメイ代表についてまず店内フロアーを一周した。
店内は豪華なシャンデリアと間接照明の程よい明かるさで床以外は全面鏡だ。
奥の白で統一されたフロアーはVIPルームと呼ばれていた。
トイレの位置、飲み物やキープボトルをストックしてある倉庫などを一通り見て回った。
「とりあえず今日は雑用なんかもしなくていいし、無理しないで雰囲気に任せてれば良いよ、とりあえずルイのテーブルに行って色々教えてもらいな、あっ、テーブル付く前には必ずダウンサービスして失礼します、ご一緒よろしいですか?って聞くコトね」
メイ代表はそう言って自分のテーブルに戻っていった。
え?ダウンサービス?なにそれ?
周りを見渡す。
ああ、あの片膝ついてやってるやつのことか。
よし、とりあえずルイさんのテーブルについてみよう。
そう思って5分、10分。
なかなか足が前に進もうとしてくれない。
この間トイレにも2回も入った。
いきなり一人で素人の人間がこの世界の現場に入るということの方が土台無理な話なのだ。
ただ、この時のボクは早く会って話してみたいヒトが居た。
あのナンバーワンのルイってヒト。
その想いが足を動かす。
彼のテーブルの前でダウンサービスをして礼儀文句を謳った。
顔をあげるとルイが笑顔で、
「そこに座って一緒に飲もうか」
「はい、失礼します」
「なぁ、あづさ、蓮クンの為にもドンペリ入れてやってくれよ」
隣りに座る女性が頷く。
ボクのホストの蓮としての仕事はココから始まった。
そしてココから数年の間、良き仲間、良きライバルとしてルイとの付き合いが始まった瞬間でもあった。
正直それまでホストという仕事に嫌悪感もあった。
いつもチャラチャラして女騙してそんなに楽しいのか?
どうせ楽して金稼いでいるんだろ?
って。
そんな風に思ってたくせにこの世界に飛び込んだのはなぜなのか?
ただの好奇心?
違う。
その時に他の選択肢がなかったからなのか?
それも違う。
ただ単純に、何かに反発しながら生きてる若者が有り余るパワーを発揮するため。
そのパワーを違う方向に使えるほど、ボクが賢くはなかったからだと今になってわかるんだ。
それでも、
もし今の知識や経験があってこの時に戻れるとしても、恐らくこの道を往くコトになるような気がする。
それはこの頃の自分があって今の自分があるから、とかいう理由ではないんだ。
所詮ホストが、されどホストになれるということ。
ホストという職業以外でも、
どんな職業でもそこにはそのヒト達の信念や理由があるということ。
野球選手には野球選手の、
パイロットにはパイロットの、
医者には医者の、
政治家には政治家の。
そして、ホストにはホストの。
そうやって考えることがヒトを敬うという気持ちの一部分だとボクは思っている。
やりたくもない仕事を生きていく為にこなしているヒト達が大半を占める世の中で、
現実、誰かがやらなきゃならない仕事しかこの世界には溢れていないのだから。