Vol.13 男と女



若菜サンを店外まで見送る。

初回客がチエックを出す際には、内勤が最後に「お見送り」を誰にするか聞く。

そしてその選ばれたホストが見送る。

アクアプリンスでは初回客に対して付いた誰もが相手の了解を得れば連絡先を交換するコトがOKとされている。

送り以外のホストも彼女が誰かを指名で来るまでは営業をかけるコトが出来る。

しかし、若菜サンは誰にも連絡先を教えていなかった。

勿論ホスト達は、彼女の風貌からお金を持っているコトを悟っている為、全員ががっついた。

しかし、付くホスト付くホストが名刺を受け取ってもらえない状況でそれ以上彼女の中に入り込むコトを諦めてしまった。

初回客の中にはたまにそういうヒトが居る。

ある意味、痛客。

ホストクラブに来てるのにずっと携帯をいじる女の子。

ずっとホストと会話をしようとしない女の子。

名刺すら受け取らない女の子。

ひたすらホストに呑ませる女の子。

確かにそうさせているのはホスト側の責任だ、と言われればそれまでの話。

しかし、中にはじゃあ、なぜホストクラブに遊びに来てるの?って思わせる女の子も居る。

ボクはそういう彼女達、つまりホスト達が一般的に痛客と呼ぶ様な女の子の心理を、独学でそして心理学的な書物から学んでいくのである。

そんな彼女達。

ボクからしたら可愛い女の子達だ。

痛い=可愛い

将来、ボクの方程式はそういう答えを導き出す。

痛客はホスト側からしたら確かに面倒くさい。

しかし、ボクからするとそういう女の子を攻略するのが1つの楽しみとなるのだ。

最終的に、

痛客=可愛い=その子の内部に入り込みさえすればただの普通の女の子、というわけ。

若菜サンを店下に送るとタクシーを停めた。

ボクはこの時、連絡先を聞いた。

若菜サン「蓮クンには、これからお金を落としていくつもり。ただ、ワタシにホストとしての営業はしないでくれるかな?ワタシはね、自分の来たい時に来るから。ただ本当に困った時や、何か連絡するコトがある時には電話はしないでメールでお願いね(^^)今日は蓮クンと出会えて本当に良かったよ、ごちそうさま(^^)」

ボクが深々と頭を下げると彼女はタクシーに乗り込み帰って行った。

彼女の乗ったタクシーが見えなくなるまでずっと頭を下げていた。

それが終わると急いで店に戻り、えみちゃんの待つテーブルへ。

えみちゃん「おかえりなさい(^^)」

ボク「ただいま、待たせてごめんなさい」

えみちゃん「売れっ子ホストみたいなコト言っちゃって(笑)今のお客さんの送りとったみたいだし!でも、ワタシわかる。蓮クン絶対に売れる(^^)ワタシの他店の担当とは蓮クン全然違うもん」

えみちゃんが他店に担当が居るコトを初めて知った。

しかし、考えればすぐわかるコトじゃん。そりゃそうだ、えみちゃんホスト慣れしてるもんな。でもなんだろう、すごく胸が痛くなっちゃうじゃんか。

ボク「どこがどう違うのかな?えみちゃんが指名してるくらいだから担当サン達はボクと違って皆スゴイホストさん達なんだろうなぁ(>_<)」

えみちゃん「ほら、そういうところ(笑)なんていうのかなぁ、まだ新人っていうのもあるんだろうけど、蓮クンは他人のコトを絶対に悪く言ったりするヒトじゃないってわかるの(^^)ホストであってホストでない、みたいな(笑)」

ボク「え?えみちゃんボクのコトからかってるんでしょ?(笑)」

えみちゃん「まあね(笑)ふふふ、嘘だよん(笑)」

それからえみちゃんが他店の担当達の話を色々と教えてくれた。

もし、自分のお店以外のホストクラブに行ったコトがバレると殴られちゃうコト。

連絡があってそれを無視したら怒られちゃうコト。

毎月、決まった額以上のお金を使わないといけないコト。

聞いてて涙が出そうになった。

でもそれを選んでいるのはえみちゃんじゃないか。

ボクに何か言う権利はない。

ないが、それでもボクは言わずには居られなかった。

「えみちゃん、ボクと居る時は絶対にボクがキミを守るから。安心して。ボクは素人ホストだけど、必ずそのえみちゃんの担当サン達よりスゴイホストになってみせる。こんなコト言ったらえみちゃんの気分が悪くなるかもだけどごめんなさい。でも絶対にボクはそのヒト達よりえみちゃんに相応しいホストになる。ホストとしても男としても、そんな女性に暴力をふるうような男達に絶対にボクは負けない。負けたくないんだ」

えみちゃんのメークが涙で少しだけ崩れた。

えみちゃんは「蓮クン、ありがとう」と言ってトイレに入った。

1つ隣のテーブルに居たメイ代表が、ボクのとこまで来てくれた。

「蓮クン、今えみちゃんに言った言葉、彼女からしたら本当に嬉しいと思うよ?蓮クンを守るのがボクの仕事。そんなキミがえみちゃんを守るというならば、ボクも全力でえみちゃんのコト守るさ、あはは」

ボクまで涙が出た。

ホストはお金の為ならば、なんでもする。

損得勘定で動く。

それはきっと間違いではない。

しかし、人間よりも人間らしいホストもこの世界に実在している。

えみちゃんがトイレから出てくると、オシボリをボクが手渡す。

テーブルにエスコートする間、えみちゃんはボクのスーツの裾を手で掴んでいる。

AV女優を仕事にしている彼女は画面の中では常にプロフェッショナル、しかし、一歩外に出れば普通の可愛い女の子だった。

卓に戻ると改めて乾杯。

えみちゃんにさっきまでと同じ笑顔が戻ってボクは張り切って面白い話で盛り上げた。

そんなボクに卓呑みのドンペリのプレゼント。

えみちゃんはそんな女の子だった。

それがかえってその頃のボクにとっては悲しく見えたのを覚えている。

そうこうしている間に閉店まで1時間。

ボクの携帯が鳴る。

さっきキャッチした時の美容師の女の子達だ。

えみちゃんのテーブルを離れて、電話を掛け直すと今から来てくれるというコトで手の空いてるプレイヤーにお出迎えをお願いした。

彼女達も約束を守ってくれて本当にボクにとってはラッキーな1日。

来店した彼女達3人組をボクがエスコートして、接客もうまく出来た。

うまくいく日は全てうまくいくモノだ。

結局、その内の1人からも送りがもらえた。

閉店時間が近づいて、ラストオーダー。

えみちゃんのテーブルへ戻る。

すると自分のお客様が居るにも関わらずメイ代表がヘルプに付いてくれていた。

ボク「ラストオーダー何も必要ないかな?(^^)」

メイ代表「あはは、その話をしてたんだよ、蓮クン(^^)」

え?意味がわかんない。

えみちゃん「蓮クン、今日のナンバーワンになりたい?(^^)」

え?余計に意味がわかんないぞ?

メイ代表「今のところ今日1日の最高売上プレイヤーはボクなんだよ。ただね、えみちゃんがどうしても蓮クンにラッソン獲らせたいんだってさ、あはは」

ラッソン?ああ、この前ルイが最後に歌ってたヤツのことかな。ラストソングでラッソンって言ってんのかな?その日の売上ナンバーワンが歌うのか。っていうか、オレが??でも、今日1日のナンバーワン、獲ってみたいなぁ。

ボク「えみちゃんがボクに歌って欲しいならボクはえみちゃんとメイ代表に任せます」

えみちゃん「ほら、代表、言ったでしょ?(笑)蓮クンはきっとこう言うってワタシ言ったじゃん(笑)」

メイ代表「ほんとだ、あはは。蓮クンがね、歌いたいから何か入れてくれ、なんて言うワケないってえみちゃんが言ってた通りだ(笑)」

ボク「な、なんか恥ずかしいです、ボク(笑)」

3人で笑った。



メイ代表「じゃあ、えみちゃん。ラストオーダー、ジュビリーね」

えみちゃんの手はOKサイン。

本来ラッソンはプレイヤー同士が、そしてその担当を持つお客様同士が売上で戦って勝ち取るべきモノだが、この日は違った。

店内が暗くなり、ちらほらとシャパンコールが始まる。

メイ代表のテーブルでも何かシャンパンが卸されていた。

そして、1番最後にボクのテーブル。

運ばれたお酒は、カミュ ジュビリー。

カミュ社が創業50周年を記念して誕生したコニャック。

アシンメトリーのバカラクリスタル製のデキャンタホドルが美しい、正に超高級品だ。

オールコールの中、ジュビリーが箱から出された。

飾りボトルの類で中身は1滴も呑まないという。

不思議な感覚だ。

代わりに店が出してくれたドンペリを皆で飲み干した。

全く意味がわらないうちにボクがアクアプリンス内で今日の売上ナンバーワン。

12月2日、現在、アクアプリンスのナンバーワンはルイでもメイ代表でもなく、ボクになっていた。

一瞬で時間は過ぎた。

「本日の御来店誠にありがとうございます。本日のラッソンは当店ルーキーの蓮クン。今宵最後のひとときをごゆっくりとお楽しみください」

マイクがボクの元に届く。

歌は、EXILEのYour eyes only 曖昧な僕の輪郭

今になると古くさい感じがするかもしれないが、2001年のヒット曲で当事の最新流行。

スポットライトがボクを照らす。

眩しすぎて、ボクからは周りが何も見えない。

えみちゃん、本当にありがとう。

感謝の気持ちでボクは歌った。

えみちゃんがこの日ホスト2日目のボクに入れてくれたジュビリー。その単体での金額、tax込みで84万円。

液体の宝石と呼ばれているそのお酒の意味は、

正式には「祝祭、記念祭」

そして、

「最愛(のヒト)」とボクは誰かに教えてもらったコトがある。






アクアプリンスで働いた3年間。

その後のボクのホスト人生までをもまとめて振り返って考えてみても、この3年間程がボクにとって1番幸運な時代だったのは間違いないだろう。

そして中でもこのホスト2日目は一生涯忘れられない出来事となった。

ホストとして戻れるならば正直この時に戻りたい、それはそれは、本当に狂った様な時代に。

この3年間が売上ではボク自身のピークだった。

しかしこの日の出来事はほんの序章に過ぎない。

ボクは本当にヒトに恵まれ、お客様に恵まれた。

ボク自身がスゴイわけでもないのに、ココから蓮というホストが独り歩きを始める。

ボクの意志とは関係なく、まるでそう、得たいの知れない誰かが導く様に。












えみちゃんは何でボクにそんなに尽くしてくれたの?

何でホストクラブで呑んでるの?

今日もさ、100万円もお金使ってくれて、そりゃボクも嬉しいけどさ。

でも、すごく心配になる。

今までこんなコトをやってきたえみちゃんを、過去のえみちゃんをボクは何も知らないんだもん。

きっとボクが初めての相手じゃないこともわかってるよ?

淋しいなら淋しいって言ってくれたら良かったのに。

でも本当はね、





えみちゃんが淋しがってるコトにも

えみちゃんがボクのコト好きになってれてるコトにも

えみちゃんが無理してたコトにも


ボクは全部気付いていたんだ。





気付いてないフリをして、結局最後にサヨナラしたボクをまだキミは恨んでいるのかな。



そうだとしたらボクはどうやって償えばいいのかな?


そして許してもらえるのかな?






罪と罰。

ボクは未だにえみちゃんの笑顔を思い出してしまうんだよ。