Vol.12 判断基準



えみちゃんが店に来てくれるコトを約束してくれた。

キャッチをする為に、ボクはルンルンでセントラルに向かう。

店からセントラルまではホテル街を通過する。

制服を着た女子高生が慣れた様子でサラリーマン風の男性とラブホテルに入っていく姿が印象的だった。

セントラルに着くと、先輩ホストがキャッチに勤しんでいた。

ボクが戻ったコトを確認すると、皆が若菜サンのコトを聞いてくる。

年齢は?

どんな性格か?

仕事は何か?

お金持ってそうか?

ボクは全ての質問に「わかりませんでした」と答えた。

それが正直なボクの答えだからだ。

また皆キャッチに勤しむ。

ボクはあと1時間もすればえみちゃんが来てくれるというコトもあってかテンションを上げて精を出してキャッチの仕事をするコトが出来た。

出勤前のキャバ嬢「今から仕事だから行けないけど、とりあえず連絡交換ならいいよ」

美容師3人組のうちの1人「今から違うホストクラブに行くんだけど、そこが終わったら行ってあげる」

この2つの連絡先を入手出来た。

初めてのキャッチにしてはまあまあと言ったところか。

そうこうしている内に、えみちゃんが歌舞伎町に到着。

靖国通りのドンキ前に居るというコトで迎えに行った。

ボクを見るなり、

「そのスーツちょー似合ってるじゃん(^^)でもすっごくホストっぽい(笑)」

素人ホストのボクにしてみれば相当な誉め言葉だ。

そのまま、一緒にお店まで歩いて行く。

途中先輩ホスト達とすれ違った。

キャッチを頑張ってる先輩方には申し訳ないが少し気分が良かった。

ホテル街を抜ける前くらいに指名客と一緒にお店に戻るコトを連絡した。

店長が「りょうかい、今日も指名呼ぶなんて、蓮クンさすが(^^)」

と言ってくれて、ボクの力ではないのにと思う半面、かなり嬉しかった。

店に入ると、えみちゃんは今日はVIPではないフロアーで呑んでみたいというコトで、店長が配置を見てテーブルを決めてくれた。

少し目立つ場所だった。

ボク「1名様御来店ですっ」

ホスト全員「せっー」

えみちゃんをその指定された卓までエスコート。

えみちゃんがソファーに座るとボクはダウンサービスをして隣に座った。

えみちゃん「蓮クン、王子様みたい(笑)」

ボク「え?少し馬鹿にしてるでしょ?(笑)」

2人で笑った。

前回の締め日の初指名はアイバン、つまりルイのお客様のあづさちゃんとニコイチだった為、この日が初めての自分だけの指名卓ということになる。

えみちゃんと1対1。

少し緊張する。

そんなコトもお見通しなのか、すぐに店長はヘルプを付ける。

ヘルプが、

指名時には必ず何かキープボトルを入れるコト。

を教えてくれた。

えみちゃんは普段は焼酎の類は呑まないらしく、とりあえず、と梅酒を入れてくれた。

値段は1万円。

そしてネックにかけるプレートにえみちゃんがボクと自分の名前を書いてくれた。

相変わらずボクよりホスト慣れしている。

乾杯をして、接客を始める。

テーブルマナーの仕事は全てヘルプがしてくれた為、ボクはえみちゃんの目を見て会話で楽しませるコトに集中できた。

えみちゃんと呑んでいる間に、幹部のプレイヤーから店内に居る全てのホストがボクのテーブルにまで挨拶に来てくれる。

前回のシャンパンコールのせいか、皆がえみちゃんのコトを覚えてくれてるようでボクまで嬉しくなった。

中でも、いつの間にか出勤していたメイ代表。

皆が少し堅苦しい挨拶をする中でも彼だけは、

「えみちゅわーん、会いたかったよぉ、あはは。なにになに?今日はラストまで?ボクもうすぐ帰っちゃうけど平気?(笑)」

と陽気な挨拶だ。

ボクもえみちゃんも笑ってた。

そのままメイ代表がヘルプを少ししてくれた。

やっばりこのヒトは別格だ。

さっきまでのヘルプとは全然違う。

会話をしている分は気さくで楽しい感じなのに、仕事がきめ細かくて全ての方向にアンテナを張ってある様な感じ。

メイ代表は全てのテーブルに目を凝らしている。

それでもその卓に居るお客様を絶対に不快にはさせないのだ。

程なくしてメイ代表が違うヘルプとチェンジ。

「えみちゃん、蓮クンのコトよろしくお願いね。彼ね、きっといつかルイと争うホストになるからさ、あはは。じゃ、また後で。ごゆっくり」

去り際に言った。

え?代表何言ってんの?ボクのハードル上げすぎだよ、困るなぁ。

えみちゃんがメイ代表に手を振ると代表はそのまま自分のテーブルに戻って行った。

えみちゃん「メイさんって不思議なヒトだねっ」

ボク「うん。ボク、あの人みたいなホストになりたいかも」

えみちゃん「そこはルイくんじゃないんだ?(笑)」

ボク「だってさ、ルイさんってテレビの向こうに居るジャニーズみたいな人じゃん(笑)」

えみちゃん「確かに(笑)」

そんな会話をしてる内に、付け回しがボクに対して抜けの合図を出してきた。

えみちゃんに少し抜けるコトを伝えて、付け回しの元へ。

他の初回のテーブルに付くかどうか聞かれた。

ボクはyesと答えると、付け回しの指示で初回のテーブルを回った。

その合間にメイ代表のお客様や他のプレイヤーのお客様、つまり他客への挨拶にも回る。

ボクは新人である為、早く色んなお客様に顔を覚えてもらわないといけない。

裏にあるホワイトボードを見てお客様の名前、担当の名前をしっかり頭に入れておくのは当然なコトだ。

一通りの挨拶、そして初回卓、えみちゃんの居る自分の卓を行ったり来たり。

少し自分がホストをやれているという感覚がこの時にわいた。

用足しにトイレに行って汚れていないかの確認をして出た時、メイ代表がキャッシャーの横でボクを手招きしている。

メイ代表「指名呼んでんじゃん、やるー!あはは。あっ、それとあのキャッチした子。あの子たぶんね、蓮クンのコト気になってるよ?」

あっ、若菜サンのコトだ。てっきり忘れてた。

ボク「え?ボクですか?」

メイ代表「うん、だって他のホストの名刺をね、受け取ってないんだ、あの子。あはは、勿論ボクの名刺も(笑)」

え?メイ代表の名刺まで貰ってないのかよ?あのヒト。

メイ代表「しかもあの子の持ち物見た?」

ボク「え?持ち物?いや、何も見てないです。」

メイ代表「まず、鞄はバーキンでしょ?それから時計がカルティエ。あはは、ネックレスも指輪も全部。」

え?そうなの?っていうかバーキンって何?わかんねー。

メイ代表「あはは、蓮クン、彼女を逃す手はないってコトだよ。ボクはあの子に振られちゃってるからキミに懸ける。他店に取られるくらいなら全力でキミを推す。平たく言えば彼女はお金をかなり持ってる上客ってコトだよ」

そう言うと、メイ代表はまた卓に戻った。

わかんねー。お金を持ってるコトとか、ボクのコトを気に入ってるとか、そんな保証どこにあるのかボクにはサッパリ。うーん、でもホストにとってかなり良いお客様ってコトなのかな?

少しだけ若菜サンのテーブルに目をやった。

彼女、全然今付いてるホストと喋ってないな。お酒も全然呑んでないや。つまんないのかな?ふーん、あれがバーキンって鞄か。そんなに高級なモノなんだなぁ。

ボクはそのまま自分のテーブルへ戻る。

えみちゃんと会話している間にもたまに若菜サンの方を見てしまう。

メイ代表に言われた言葉が頭に残っていたからだ。

でもせっかく来てくれているえみちゃんとの会話に集中していない自分が居るコトに罪悪感がわく。

この頃のボクはまだホストとしての要領というモノがよくない。

それが返ってお客様から信頼を寄せて頂けるきっかけとなるのだ。

しかし、えみちゃんを楽しませたい、その気持ちはえみちゃんにはきっと届いていたと思う。

えみちゃん「蓮クン、もうちゃんとしたホストだね(笑)周りをちゃんと見てるし、さっきワタシの肩についてたゴミ取ってくれたでしょ?ちゃんとワタシのコトも気にしてくれてる証拠だもん(笑)」

ボク「そりゃあ、えみちゃんはボクにとって1番大切なお客様だもん」

えみちゃん「ふふふ、嬉しいよ」

果たしてこの時に言ったボクの言葉は本当にえみちゃんにとって嬉しい言葉だったのだろうか?

ボクはこの時に、1番のお客様、と言っている。

お客様というフレーズをハッキリと言っている。

もし仮に1番大事なヒトと言えていたら、どうだっただろうか?

お客様という部分を暈して言えていたら、どうだっただろうか?

えみちゃんはホストという職業を理解はしていると思う。

しかし、ボク指名で来てくれた時から、お金を払ってくれた時から、

大小はあれども確実にボクに好意を寄せてくれているのである。

この頃のボクはまだそういったお客様の心理を読み取るコトすら出来ないし、そもそも無頓着であるのだ。

再び付け回しに呼ばれ、席を外す。

えみちゃんは「いってらっしゃい」と笑顔で言ってくれた。

少し「行かないで」とも聞こえた様な、それはあくまで今のボクが今だからこそ思う言葉だ。

付け回しは、ボクに再び初回の若菜サンのテーブルを指示した。

その隣に居たメイ代表。

メイ代表「蓮クン、場内指名だよ。あはは、もし出来るならば場内ではなくキミの本指名にしておいで。」

え?なに?どういうこと?

ボク「はい。しかし、どうすればいいのか。」

メイ代表「蓮クン、これは正解ではないんだけど、1つの手段として聞いてね。まず彼女はもはやキミ以外のホストを見ていないのはボクも確認済みなのね。そして、キミはまだ今日で入店2日目の新人ホスト。だったら思いきって甘えてごらんよ?ハッキリと指名が欲しいのでってお願いしてみるんだよ」

ええー?そんなコト出来るか?まずなに?ボクが彼女に頭を下げてお願いするってコト?っていうかそんなコト聞いてくれるヒトなんて居ないでしょ?

メイ代表「忘れちゃいけないのは、彼女はキミをすごく気に入ってるというコト。そして彼女がキミの願いを容易に聞いてあげられる程にお金を持っているというコト。それからキミは新人ホストでホストの営業の仕方を全く知らないってコト。この3つの偶然が重なっているコトが最高の条件を生んでくれているんだよ」

いつも笑っているメイ代表が真剣な顔をしていた。

メイ代表「頭を下げてお願いするやり方も勿論あるけど、それってスタイリッシュなコトではないよね?あはは、だからキミが思うやり方で指名をとってみせてくれ」

そう言うとボクの肩をポンポンと2回叩いた。

えみちゃんの席を通り越して奥の若菜サンのテーブルでダウンサービスをする。

若菜サンがボクを見て、最初と変わらない笑顔で微笑んでくれた。

「場内指名入れちゃった(笑)蓮クン、おかえり(^^)」

それから彼女が帰るまでの1時間程、また笑いあって話をした。