Vol.10 初回客



キャッチする。

女性がお店の規定をクリアしているか確認する。

お店に電話を入れ入店可能か確認する。

キャッチした本人がお店までエスコートする。

入店するとキャッシャーで店長が身分証を確認。

キャッチした本人がテーブルまでエスコート。そしてはける。

内勤が料金システムを説明してから付け回しの内勤がどのホストを付けるか考える。

これがキャッチによる初回客に対する一連の流れ。

飛び込みの初回客も同様だ。

まず初めに、アクアプリンスはこの身分証明書の提示に関してかなり厳しかった。

顔写真付きの身分証が必要、つまり免許証かパスポート、住基カードが必要な為、保険証のみでの入店はお断りされるのだ。

というのも当時の歌舞伎町は現在程に厳しい条例がなかった為、かなりの無法地帯。

ミテコ、つまり二十歳未満の女の子が平気に偽造身分証明書を持ってホストクラブで呑んでいたりした。

現在においてもそういう女の子が沢山居るがお店はリスクが大きい為ここらへんの危機管理能力の有無もお店のレベルと言えるだろう。

それから、キャッチした人間がそのままその初回客を接客するわけではないという点。

それはキャッチされたお客様が、必ずしもキャッチしてきたホストが目当てとは限らないし、お店としては出来れば有能なホストを付けてリピートを狙う、指名客にしたいからだ。

ボクもその例にならって、彼女をテーブルまでエスコートして一旦店内で待機。

すぐにまたキャッチに出るのか、その時店内に居るお客様のヘルプをするのか、初回客に付くのか、その指示を待つ。

この時、付け回しはボクにそのままこの初回客の接客を指示した。

急いでキャッシャーに置いてある空名刺に手書きで「蓮」と書いた。

改めて、その初回客のテーブルの前でダウンサービスから礼儀文句を謳う。

どうぞ、というコトで、ボクの初めての初回客に対しての接客が始まった。

初回はハウスボトル、カクテル、割モノが2時間全て飲み放題。

彼女は鏡月のミルクテイー割を呑むというコトで、ボクが内勤にオーダーをして、それを作る。

初回客に対しては基本的に向かい合って座る。

勿論、了承を得て隣に付くコトも可能なのだが、まだ素人ホストのボクはお酒を作るコトにも不慣れな為、向かい合って座った方が仕事がやりやすいのだ。

自分も頂いていいかの了承を得て、お酒を作り終えるとやっと乾杯だ。

グラスを合わせて乾杯する際は必ずお客様のグラスより自分のグラスを下の位置で合わせる。

お客様のグラスにお酒が残り少なくなったらまた作り直して良いか尋ねる。

これは早くても遅くてもダメ、お客様一人一人によって丁度良いタイミングというものがあるのだ。

お客様の方からこれ作って、と言われるのは一番悪いのだが。

グラスについた水滴をオシボリで拭くのもアクアプリンスでは御法度。

必ずプレイヤーは自前の清潔なハンカチを持っていなくてはならない決まり。

ライターはターボライター、ジッポの類いがNG。

お客様が煙草を持った瞬間には、自分の手元で火を付けてから添え手をしてその煙草に火を持っていくというイメージだ。

片手で火を付ける行為、これもNG。

テーブル上は常に綺麗を心掛けて、その配列は全て決まり通り。

オシボリは三角折りして一番目立たないアイスペールの後ろが定位置。

これらの簡単なテーブルマナー。

しかしこのテーブルマナー1つ見ても、そのホストが一流かどうか判断出来るコトもあるのだ。

特に同業者からはそういったテーブルマナーを見られていると自覚した方が良い。

それだけで出来る、出来ないの判別をされるのだ。

ボクはこの日接客よりも仕事を重視した。

まだ名刺すら持ってないコトを正直に話して手書きの空名刺を渡す。

快く受け取って頂き、返しに名前を頂く。

彼女の名前は若菜サン。

年齢は25、名前は身分証確認の際にわかっていることだが一応聞くコトが礼儀、年齢や職業は聞いてはならない。

こういう飲み屋では偽名を使いたがるヒトもいたりするし、また相手が同業者の場合などは彼女達も源氏名を使うからだ。

それでプライベートな情報が他に漏れないというメリットがあるのもまた事実。

まぁ、そこは重要なコトではない。

店内に入るまで彼女に対してタメ語だったボクも敬語で話した。

彼女が少し吹き出して笑う。

「蓮クン、どうしたの?(笑)急に敬語でビックリするじゃない(@_@)」

ちょwそれは内緒にしといてよ。店長に聞かれたら怒られちゃうかもしれないじゃんか。

「若菜サン、それは内緒の方向で」

シーッとする仕草をしてみせた。

「蓮クン、タメ口じゃないとワタシ帰っちゃうかもよ?」

え?脅し?それは勘弁してくれ、くださいw

「それはマズイわ、しょーがねーなぁ、特別にタメ語で接客するねっ」

ボクがジョークの様にそう言うと彼女は笑ってくれた。

会話する最中にも彼女のグラスの確認は怠らない。

会話につまりそうな時にはハンカチでグラスの水滴を丁寧に拭き取る。

ココでボクの性格の紹介なのだが、ボクは自分のコトを多く語らない。

その代わりにヒトの話を聞くコトには長けていた。

所謂、聞き上手に徹するコトが得意だった。

ホストの蓮としてのキャラなどこの頃まだあるはずもなく、ボクはボクのありのままの自分で接客をする。

しかし、接客もココで終了、付け回しが御馳走様の合図をボクに出す。

アクアプリンスでの初回客に対して1人のホストが接客する時間は10分だ。

ボクの初めての初回客に対する接客はまるで1分で終わったかの様な感覚だった。

店舗によって方針は全然違うのだが、アクアプリンスは大型店でプレイヤーの数が多い。

だからこそより多くのホストを見てもらうというコンセプトだった。

これも賛否両論。

1人ずつゆっくりじっくり呑みながら語りたいというお客様も居れば、出来るだけ沢山のホストと話したいというお客様も居るからだ。

そして、アクアプリンスのこのやり方にはオーナーの狙いがある。

なぜそんなにバタバタするのに沢山のホストを回すのか。

それは沢山のホストを見た中で、選ばれた時の方がそのホストは自信となり指名にも繋がりやすい。

ホスト達の為でもあるのだ。

よく暇なくせにキャストを回さない、ショート、つまり客数より付いてくれてるキャストが少ない、そんなキャバクラがあるが、そういうお店にまた行きたいとボクは思わない、それがボクの個人的な見解。

そして、アクアプリンスのオーナーもまたそういう見解なのだ。

されて嫌なコトはしない、そういう理念。

アクアプリンスのプレイヤーはこの部分を徹底された。

ホストだって、人間だ。

時には、付きたくない卓もある。

呑みたくない日、喋りたくない日がある。

話辛い相手も居る。

相手と生理的に合わないコトだってある。

しかし、それも関係なくプロフェッショナルでなければならない。

勿論、お店の事情で仕方ない場面というのは多々あるのだが、このオーナーの趣向がボクの礎となる。

そして今後の未来で「痛客は蓮に任せろ、難しい客は蓮に助けてもらえ」そう周りからも言われる程にボクはプロフェッショナルとして誇りを持てるまでに成長していくことになるのである。

内勤に呼ばれたコトを若菜サンに伝えて、御馳走様、それから再びダウンサービスをしてそのテーブルから離れる。

その去り際。

「蓮クン、またきっとワタシを楽しませてね」

彼女は確かにそう言った。

笑顔を返してボクは退いた。

店長に

「良い感じで話せてたね、初めての接客にしては完璧に近かったよ」

その言葉が本当に嬉しかった。

その後またキャッチに出る指示を出されボクは店外へ。

少しお酒の入ったボクは、店から外に出てフーっと息を吐く。

うーん、やっぱり知らないヒトと話すのって緊張する。ドキドキするなぁ。ボク、ウマク話せてたかなぁ。若菜サンの笑顔、可愛らしかった。でもあの子ホストクラブに来るような感じのヒトに見えなかったけど、意外とこういう場所慣れてそうだったなぁ、何してるヒトなんだろう?

そんなコトを考えながら、再びセントラルへと向かう。

その途中にボクの唯一の指名客であるえみちゃんにメールをした。

「こんばんは(*^^*)今日ね、初めてキャッチしてるんだよ(^^)なんとか一人捕まえた、イェーイ(^-^)vでもね、歌舞伎町の女の子皆冷たくて全然相手してくれない(笑)」

すぐに返信が来た。

「お疲れ様(^^)蓮クン、頑張ってるみたいだね!安心安心(^^)蓮クンがキャッチしてる姿見てみたいかも(笑)ワタシは今日お仕事休みで元気だし、せっかくメールくれたからお店遊びに行っちゃおうかな?(笑)」

ええ?まじで?ボクそんなつもりでメールしたつもりないのに。

「ほんとー?っていうかえみちゃんが時間あって元気ならばボクはいつでもハチ公の様に待ってます(^^)ワンワン」

「それじゃ、22時くらいに行くので良い子にして待っててね(^^)」

この他愛のないメールのやりとりこそがボクの生まれて初めての営業メールというやつだった。

今振り返ると本当に気持ち悪い文面。

まずニャンニャン臭いのが笑える。

でもボクの性格はどちらかと言うとそんな感じかもしれない。

この頃は、本当に素のボクで営業しているのだ。

因みに、それから数年後になるとこの手のメールをする際は、

「今すぐメーク直して綺麗な格好してタクシー拾って歌舞伎まで出て来いー。卓空けて待ってるからな。店下着いたら電話なー、急げよ」

最低なメール、相手の都合なんかは全く聞かない、そしておまえに選択肢はないと言ってるような傲慢さまで感じるような。

そう考えるとこの初期の頃のボクは、もしかしたら1番本物のホストに近かったのかもしれない。

自分のコトよりお客様が何より優先だった。

やったー。今日もえみちゃん来てくれるんだぁ。この新品のスーツ姿見たらボクのコト見直してくれるかな?ふふふ、今日はどんなお話しようかなぁ。

舞い上がったボクはもう既に若菜サンの存在が少し消えかかっていた。

この数時間後、若菜サンとあんな風になるなんて露知らずに。


















あの頃のボクは、自分がホストであってそうじゃないと思ってたっけ。

ルイもきっとそんな時期があったんだろうなぁ。

二十歳ってまだまだ子供だと思ってたもん。

でもやっぱりルイはボクより大人だった。

ボクの知らない世界を沢山知ってて、ボクより沢山のヒトと出会って、ボクより沢山のヒトとサヨナラしてたんだよね?

ボクより楽しいコトいっぱい経験して、ボクより辛いコトもいっぱい経験してたんだよね?

だからたまに、蓮何してるの?ってボクに電話くれてたんじゃないかな?

もしかしたら、あの時、ルイは淋しかったんじゃないかな?

ボクもこれからどれくらいのヒトと出会えて、どれくらいのヒトとサヨナラするのかな?

ボクはまだ何も知らないからこれからが楽しみでしかないんだよ。

奇跡的に出会えたヒトとその瞬間を共有出来るコトに喜びを感じているよ?

ホストは、所詮ホストでしかない、そんなルイの言葉がすごく悲しかった。

あれからボクもそうやって色んなヒトに言われたんだ。

でも、ホストも同じ人間だよ。

全てホストが悪いんじゃない。

だってそもそも、




人間って生き物が嘘をつく生き物なんだからさ。