Vol.9 冷たい風
12月2日。
締日を終えてまた新しい月の営業初日だ。
一部で働くボクの出勤時間は夕方の17時。
15時に起きて支度をして店に向かう。
店に着くと、挨拶をして営業前に必要な掃除や雑用をこなす。
ナンバー10までに入るか幹部になれば、この掃除や雑用は免除。
そして特例の自由出勤制度。
この自由出勤を今月勝ち取っているのはナンバーワンのルイ、ナンバーツーのメイ代表、そしてナンバースリーの拓海常務だけだ。
メイ代表と拓海常務は幹部であることから時間はバラバラとはいえ、ほぼ毎日出勤してきていた。
勿論新人のボクは雑用に追われる。
そして掃除や雑用が終わると例のごとく朝のミーティングだ。
売上順に並んで声出し、客予定の有無、それからホワイトボード、連絡事項。
不思議なコトにこの並びは月を変えるごとに目まぐるしく変動する。
まず、ボクの特等席が角ではなくなった。
先月末の締日にえみちゃんにもらった指名に関するセットチャージ料とドンペリ2本のおかげで売上は35万円台。
ボクの下に9人ものプレイヤーが居た。
少し感じの悪い言い方をするが、入店した初日のホストに先輩の9人のホストが売上で負けてしまったのだ。
この瞬間からこの9人はボクのことを蓮サンと呼ぶことになる。
例えば誰かにタバコを買ってこいと言われたらボクが行く必要がなくなったのだ。
ホストにとってナンバーが全て、それがこのお店の決まり。
つまり男なら戦って勝てなきゃ意味がないということだ。
この教訓。
ナシだと思うヒトが居るのも頷けるが、ボクはアリだと思う。
どんなにイケメンであろうと、どんなに優しい男であろうとホストならば売上至上主義。
ココで失礼なコトを少し書くとするが、ボクの譫言だとして考えてみてほしい。
勿論例外はあると思うが、どのホストクラブを見てもナンバーワンよりナンバーツーやナンバースリーの方が見た目はイケメンといったことはないだろうか?
つまりなぜこんな人がナンバーワンなの?って思ったコトに心当たりはないだろうか?
それがホストクラブの本質的なカラクリでもある。
勿論、当店のアクアプリンスの様に見た目も売上も驚異的に他を圧巻するナンバーワンも居るがどちらかというとその様なタイプは希少なのだ。
それには理由が沢山ある。
イケメンなのに、喋れない置物ホスト。
イケメンなのに、頭の回転が遅いホスト。
イケメンなのに、気が利かない嫌われホスト。
この類いのホストは腐るほどに居るのだ。
ホストは顔が良ければそれで良し、という女性も沢山居るには居るがやはりそういうホストではお客様を長く繋ぎ止めるコトは出来ない。
イケメンという初めのスタートラインに立った時の優位はあれども、女の子はその仮面の下をすぐに見破ってしまうのである。
それほどまでに女性とはナイーブな生き物であり、防衛本能を持ち合わせているのだ。
逆に、
顔はそこそこでもセンスの良いホスト、
話が巧くて気のきくホスト、
気さくでお酒を沢山呑めるホスト、
そういうホストが売れたりするモノだ。
ルイの様にルックス、スタイル共に最高なホストであることに勝るモノはないが。
要は悪い部分を良い部分が超越してしまえば良いだけのこと。
これは恋人に対しても同じ。
勿論人間である以上悪いところもある、けれど、その悪い部分を帳消しにするほどに魅力的な部分があるから女性は惚れるのだ。
現実パーフェクトな人間はどの世界にも存在し難い。
売れるコトと、モテるコトとは全然違うモノなのだ。
見た目を重視する傾向にある若い女性客なんかには若いイケメンホストがモテる。
しかし、ルイのエースの様な女性はその人間の内部に興味を持つ傾向があるのだ。
また、それ以外にもホストにとって売れる最大の条件があるが、それはゆくゆく話すコトとなる。
ミーティングが終わり、営業準備完了のお香が焚かれると、アクアプリンスオープンだ。
客予定の有るプレイヤーと数人のプレイヤーは店内で仕事をする。
忙しくない限り、それ以外のプレイヤーは外に出てキャッチ、所謂呼び込みをするのだ。
ボクもこの日初めてのキャッチに出た。
現在ではこのキャッチという行為も全て当局の指導により禁止されているが、当時はヤ○ザにだけ気を付けてさえいれば平気だった。
当時の歌舞伎町のキャッチとは、他の街とはまた違う強烈なモノだった。
例えばセントラルと呼ばれる大体幅10メートル、長さ100メートル程の通りを女性が歩けば、そこを通り抜ける間にホスト100人とすれ違い声を掛けられると言われた程だ。
そこにアクアプリンスのホストも陣取る。
初めてのキャッチ。
ボクはなかなか女性に声を掛けるコトすら出来ない。
先輩ホストも声を掛けているが、なかなか女の子の足は止まらない。
当然といえば至極当然である。
そもそもこのキャッチに出ているホスト、ボクも含めて売れていないホストや新人ホスト達なのだ。
今でも笑える、勇気を振り絞って初めて試みたボクのキャッチ。
一言の言葉を返されるコトもなくフルシカト、どころか「うぜーよ」の強烈な一言。
ガラスの心が完全に割れた。
ただ、このキャッチという仕事。
これは向き、不向きがある。
数打てば当たる、それが基本的概念ではあるが、巧いヒトはずば抜けて巧い。
その特徴の1つとして、自分を売らない、自分を推さないというコトがある。
この時一緒にキャッチに出ていた新人のボクより売上の少ない蒼空クン。
それでも彼はアクアプリンスのキャッチ部門のナンバーワンでキャッチだけで毎月何十万円もの給料をもらっていた。
彼は店の特徴やナンバー陣の特徴、或いはナンバーワンのルイのコトを話してその女性に想像させるのだ。
蒼空クンは見た目は普通で身体も小さい。
女性に警戒心を与えるタイプでは全くないのだ。
蒼空クンは、女性の足を止めるコトにさえ成功すればほぼ確実に店へと女性を連れてあがった。
ボクも必死にキャッチをしてはみるが全く相手にされない。
12月の冷たい風が吹く中、少し途方に暮れた。
そんな時、歌舞伎町のど真ん中にあの男が現れた。
アクアプリンス不動のナンバーワン、ルイ。
ルイ「おお、皆頑張ってんな、っていうか今日ちょー寒くね?」
本皮のライダースジャケットを着たルイに対して、周りの目を気にすることなく一斉に大きな声で挨拶をするアクアプリンスのホスト達。
その瞬間、通りすぎる女性達もルイを見て立ち止まる。
は?おいおい、ルイがそこに居るだけで女の子立ち止まってるよ?なんだよ、それ。チート過ぎるだろ。
しかし、ルイはそんな女性に目を配るコトはない。
「おおっ、蓮、そのスーツちょー似合ってんじゃん。今キャッチしてるホストの中でおまえが一番カッコイイぜ?まずはココのナンバーワンになれよ、あはは」
え?それって上げてんの?けなしてんの?
「あー、オレ今から客のキャバ嬢に同伴お願いされたから少し付き合ってくるんだわ。皆わりーけど、頑張ってな」
そう言うとルイは立ち止まる女性の1人の前に行き
「あそこに居るホストちょーかっこよくない?あいつね、ウチの店に入ってまだ二日目なんだけどね、いい線いってるでしょ?あいつにキャッチされてみたら楽しめるはずだよ?オレが保証するからさ、あはは」
はー?なんでボクを指さしてんの?勝手すぎてボク今パニックなんですけど?
不思議。
その女性がボクのところまで来て初回で行ってもいいのか尋ねてきたではないか。
勿論OKだと答えた時には、ルイは少し遠くのところで後ろ向きで手を振っていた。
なんてヤツ。あんなキャッチ?の仕方もあるのか、しかしあれはルイだから出来るコトだろうな。
初指名に初キャッチまでルイに助けられたのだ。
キャッチの流れを知らないボクはとりあえず先輩ホストにどうすればいいか聞いた。
まず二十歳以上であるか聞く。
何か身分証を持っているか聞く。
当店に初めての来店か聞く。
それからお店に電話して入店可能かを聞く。
そして初回料金が2時間3000円なコトをボクもこの時初めて知った。
その女性からそれら全ての了承を得るコトが出来た。
そうしてキャッチした女性をボクが店へとエスコートするのだ。
セントラルから少し離れたところに店がある為、その道のりも接客というわけだ。
しかし、この外を一緒に歩いている時の接客は店の中での接客とは全然違った。
普段のありのままの自分で居られる感覚。
ホストというより、友達みたいな感覚で喋れる感覚があった。
その時の会話を記憶を辿って記述してみる。
ボク「ごめんねー、ちょっともたついちゃって」
女性「全然平気だよー」
ボク「ボクね、さっきのオーラ全開のヒトが言った通りの新人でさ、アナタが初めてキャッチされてくれたヒトなんだよー(笑)まじ助かるわー」
女性「あはは、あのヒトの言ってたコトほんとなんだねー」
ボク「あのヒトね、ウチのナンバーワンでさ、すげーヒトなんだぁ」
女性「なんかすごそうなヒトだったもんね(笑)オーラ凄かったもん」
ボク「ボクの憧れのヒト」
女性「なんか男同士のそういう関係って素敵ねー」
ボク「そっち系ではないからね///キリッ」
2人「あははー」
そんな感じだった。
まずタメ口。
そして、ノリが軽くて大した面白い話をしてるわけでもないのに会話は途切れなかった。
そこにはルイのコトを話題に出せる強味もあったからだ。
本来キャッチとはそういうモノで良い、何かに興味を持ってもらえさえすれば良いのだ。
店前に到着して、扉を開きキャッシャーで店長が身分証を確認してボクにエスコートを任せた。
ボク「1名様ご来店です」
ホスト全員「せっー」
ココからは誰の手も借りずに自分を推せるかの勝負だ。
ルイの手を借りたとはいえ、初めてのキャッチでのお客様。
この女性が見た目とは全然違う、凄いヒトだというコトはこの時まだ知らなかったのだ。
キャッチしてる時、よく缶コーヒーを買ってくれた先輩ホストの時貞サン。
歳は29で、ボクよりずっとお兄さんだ。
スマートなイケメンで紳士的なヒトだった。
よく、蓮クンあの2人組いこう、って言って一緒にキャッチしたなぁ。
あの頃はまだ他のホストの皆と馴染めなくて、それでも時貞サンはよく話しかけてくれた。
ボクがルイのコトばかり聞くもんだから、蓮クンは本当にルイクンのコト好きだねー、ってからかわれたっけ。
蓮クンはすぐ売れてナンバー争えるよ、そうやってよくこんなボクを買ってくれてたなぁ。
寒くて辛い時は一緒にハナマル入ってうどん食べたり、吉牛にも行ったなぁ。
ボクにとってそんなコトも今では楽しかった想い出です。