きしきしと、下駄の下で白い雪が軋む。
 滑らないよう慎重に歩く横を、子供がはしゃぎながら通り過ぎて行った。

 橋の上で立ち止まり、顔を上げると、一面雪に覆われた町を、人々が同じように慎重に歩いている。
 だがどこか皆嬉しそうだ。

 雪など毎年降るのに、何故積もる雪に人は心躍るのか。
 視線を足元に落とし、冷え切ってしまった手を擦り合わせる。

「寒いけど、やっぱり雪は綺麗よねぇ」

「積もると全てが真っ白になって、心が洗われるわ」

 若い女子が話している。
 何とまぁ、お気楽なことか。

 雪が綺麗なのは表面だけだ。
 少し蹴散らせば、雪のせいでどろどろになったいつもの道が顔を出す。

 大体雪なんぞ、いつまでもあるものではない。
 溶けかけの雪ほど汚いものはないではないか。
 一面の雪景色は美しいが、それは汚いものを刹那的に隠しているだけだ。

 気付けば雪が、肩に少し積もっていた。
 空を見上げれば、鈍色の空から白い雪が舞い落ちて来ている。

 何故あんな汚い雲から、こうも真っ白な雪が落ちて来るのだろう。
 そう考えれば、雪は不思議だ。

 汚い雲から綺麗な姿で生まれ、地上の汚いものを覆い隠す。
 だがそれはその場凌ぎでしかなく、隠したはずの汚いものは、さらに汚くなって、再びその姿を曝す。

 そうか、雪は所詮、その場凌ぎの付け焼き刃だ。
 慌てて隠したはずの罪が、いずれはより醜悪な姿になって衆目に曝されるように。
 必死で隠そうとした綺麗なものを、あっという間に呑み込んで。

 ふ、と息をつき、肩に積もった雪を払う。
 寒さに赤くなった足の上に雪が落ち、たちまち溶けた。

 ああ、そういえば。

 歩き出し、ふと振り返る。

 雪野原に散った血飛沫は綺麗だったな。

 しんしんと橋に降り積もる雪を眺め、腰に差した刀の重みを感じた。
 罪は罪でも、美しい罪を隠すことなくぶち撒けば、それは汚くなることなく流れ去る。

 不思議なものだ、と腰の愛刀から手を離すと、橋に背を向け雪を踏みしめた。
 きし、と、下駄の下で、白い雪が少し汚れた。
 だがそれも、新たな雪がすぐに覆い隠すのだろう。


*****終*****