しばらくして、夫が出て行った音が聞こえた。
ほうっと、大きくため息をついた。

もう、疲れたわ……。
本気で離婚したほうがいい気がしてきた。
都合のいいことに、子供もいないし、仕事もある。

夫は確かに優しいし私を愛してくれているけれど……それは私だけじゃない。

誰かと分け合ってまで固執する必要はない。
姑が大事なら、姑の気に入った女性と再婚でも何でもすればいい。

私は、無理だ……。


夫を追い出した夜、私は遅くまでかかって夫の荷物をまとめた。

翌朝、出勤前にコンビニから幾つもの荷物を夫の実家に送りつけた。
ちょっとスッキリ!

就業中、暇を見てネットであちこちを検索して採用試験情報を得た。
正職員の採用試験は終わってしまっているようだったが、臨時採用や契約職員のクチはいくつもあった。
片っ端からエントリーすれば、どこかに引っかかるかしら。
私は本気で就職活動を始めた。


終業後、区役所に行き離婚届をもらってきた。
記入捺印したものを夫に宛てて投函して、さらにスッキリした。

それからも毎日、少しずつ夫を排除していった。
家の鍵を換えて、携帯電話を解約し、別の会社の新しい携帯電話に切り替えた。

夫の車の駐車場も借りるのをやめた。
……夫は何度かやってきたけれど、私は居留守を使って出なかった。


「そこまで覚悟を決めたのなら、引っ越したほうがいいんじゃない?」
すっかり愚痴友達の中沢先生に、そう言われた。
「そうですね。でもあと3ヶ月と思うと……」

「ウィークリーマンションもマンスリーマンションもあるじゃん。」
……なるほど。

「いいですね。」
前向きに検討しよう。

「ところで、正月はどうするの?旦那の実家には行かないだろうけど、神戸だっけ?帰るの?」
中沢先生にそう聞かれて、私は首を傾げた。

「……今この状態では帰れないですね。それに、採用試験の勉強もしたいし。新しいお部屋を借りてのんびりしようかな。」

私がそう言うと、中沢先生は少しの間を置いて言った。
「内緒だけど、僕、失踪するんだ。年始に返済期限が来る借金がどうしても払えなくってね。ちょっとヤバいところから借りちゃったから、今月中に消えるつもり。夏子さん、今までありがとうね。」

……は!?

「失踪?消える?どういう意味ですか?」
「しっ。声が大きいよ。」
中沢先生は事もなげに言ったけど、それって夜逃げ?

「3学期はどうするんですか?」
「僕、高3担当だもん。もう授業なんかあってないようなもんだよ。」

本気?

どう言えばいいのかわからない。
お金を貸せる立場でもないし……。

とりあえず、ため息をついて言った。
「そうですか。残念です。……でも年内はいらっしゃるんですよね?」

「うん。そのつもり。夏子さんの引っ越し、手伝ってあげようか?」
「……引っ越しは業者さんに任せますけど……お腹がすいたらいつでも訪ねてらしてください。」

中沢先生は「よろしく」と手を上げて、保健室を出て行った。