え!?
ポカーンとして、中沢先生を見た。

「夏子さんのようなお嬢様には見当もつかないでしょうね。僕は多重債務者で、なかなか大変な状況なんですよ。」
さらっとそう言う中沢先生は、全然大変そうに見えず、むしろ飄々としていた。

「何か事情がおありですか?親御さんのご商売がうまくいかない、とか。ご家族がご病気とか。」
「いいえ。全てギャンブルで作った借金です。僕が。」

……ギャンブル。

言葉が出ない。

中沢先生は、クスッと笑った。
「ま、そうゆうことなんで、夜こっそり塾の講師と家庭教師もしてるんです。これ、内緒ですよ。」

「ご、ごくろうさまです……」
コーヒーを飲み終えた中沢先生は、会釈して保健室を出ようとした。

「あ、ちょっと、待って。」
慌てて中沢先生を呼び止めた。
デスクの引き出しから滋養強壮剤のサンプルを出してきて、中沢先生に手渡した。

「お身体ご自愛ください。あまりやつれるとせっかくの男前が台無しですよ。」

……昔、私が学生だった頃は保健室には市販薬程度の薬は常備されていたけれど、現在は何かとやかましく、生徒に薬をあげることはできない。
それでも緊急時の備えはあるので、MRと呼ばれる製薬会社の営業さんから、サンプルやちょっとしたおまけをもらうのだ。

中沢先生はちょっと目を見張って、ふうっと柔らかい笑顔になった。
「ありがとう。優しいね。」

……優しい?
夫や姑には、そんな風に思ってもらってないんだろうな。

別に中沢先生に対して特別な気持ちなんて、一切ない。
でも、他の先生がたより気軽に話せるし、中沢先生の来室は楽しかった。

「お金は貸してあげられませんけど、お弁当でも作ってさしあげましょうか?」
どうせ断るだろうとそう言ってみた。

中沢先生はちょっと考えて、断った。
「それには及ばないよ。ありがとう。昼はもともと喰ってないから。……夏子さんの旦那は幸せだね~……って、別居するんだっけ?」

「いやいや、お昼、ちゃんと食べて下さいよ。おにぎりでもパンでもいいから。……別居になるか同居になるか離婚になるかは、夫の選択次第ですね。私はどうでもいいです。」

私はさらに戸棚をゴソゴソさぐり、カロリーメイトとビタミンCも一緒に中沢先生に押し付けた。
「これはこれは。どうも。何もお返しできませんが。ありがとう。」

「お返しはけっこうですけど、またいらしてください。お身体も心配ですし。」

中沢先生は、早速カロリーメイトをかじった。
「……こんなのでも美味いもんですね。押しつけがましい恋愛抜きの、人の情け、うれしいなあ。」

あ~……。