……なんてことはない。
姑は、子離れできてない親なんだ。

転勤が多かったはずなのに、海外赴任もあったのに、どうしてそこで子離れできなかったのだろう。
早く引っ越しましょう、と言ったところで、夫は転勤まで動かないだろう。

私は今まで通り、仕事もあるから気が紛れるけど、姑はずーっと家で悶々としてるんだわ。

「栄一さんが帰宅前にご実家に寄るのって、そんなに頻繁なんですか?」
ふと気になって聞いてみた。

夫はばつが悪そうにうなずいた。
「毎日です。」
……それじゃ、同居と変わらないじゃない。

ああ、そうか。
姑だけじゃない。
夫も、親離れできてなかったんだ。

私は唇を噛んで、しばし考えてから提案してみた。
「わかりました。じゃあ、逆にしませんか?」
「逆、ですか?」
「ええ、逆です。ココを引き払いましょう。私は勤務地の近くに部屋を借りて引っ越します。……栄一さんの職場近くでもけっこうです。栄一さんは、そこに夕食を召し上がりに寄って、それからご実家に帰られてはいかがですか?ご希望なら、朝食も準備しておきますので寄ってください。」

……つまり、ほぼ別居だ。
私の案はよほど突飛だったらしく、夫は絶句して、悲しい目をうるうるさせて黙って私を見つめた。

何だか、まるで小犬を捨てる気分になってしまった。



翌日から私は、住まい探しを始めた。
ある程度のセキュリティと駐車場だけが条件なので、候補はいくらでもあった。

「おや、お引っ越しですか?……離婚準備?」
情報誌をめざとく見つけた中沢先生に、笑えない指摘をされた。

「もういっそそれでもいい気分ですけどね、とりあえずは夫の実家から離れたくて。」
ため息まじりにそう言うと、中沢先生は笑った。

「へえ?嫁姑関係、うまくいってないんですか。旦那さん、大変だ。板挟みだろうな。」
「や、私は、あっさり身を引くので、お義母さんといくらでも仲良くしてください、って気分ですわ。……中沢先生はご結婚は?もてるから独身貴族ですか?」
私の話はつまんないので、水を向けてみた。

中沢先生は、保健室で勝手に入れたコーヒーをすすりながら言った。
「僕は、結婚生活には向かない男ですから。」

……どういう、意味だろう。
ニヒルな昔風の男前で、マメな肉食系、職業は高校教諭。
むしろ結婚を迫られることが多そうだけど。

「1人の女性にしばられたくないとか?……あ!忘れられない女性がいる!?」
章(あきら)さんを思い出しながら聞いた。

でも中沢先生は、無言でコーヒーを飲み干してから言った。

「……借金で首が回らないんですよ。」