帰宅後、夕食の準備を終えて夫を待っていると、舅から電話がかかってきた。
すぐに来るようにとだけ言われた。

首を傾げながらおうかがいすると、座敷にみなさんが揃っていた。
舅は苦虫を噛み潰したような顔、その隣にはうなだれた夫、入口近くに怒りの形相の姑、そしてニヤニヤと意地悪い笑いを浮かべた義姉。

……つるし上げ?
てっきり、今朝の事故で出世が消えたという夫に対する叱責の場なのだろうと思った。

私だけは、味方したげなきゃ!……なーんて、見当違いな決意すらした。
でも、大きな間違いだった。

むしろ、つるし上げられたのは私だった。

「夏子さん。あんたは、息子の昇進に対してずいぶんと冷たいそうじゃないか。」
舅がおもむろにそう言った。

「は?……冷たい、ですか?私は、条件や肩書きで栄一さんと結婚したわけじゃありませんけど?」
首をかしげながらもそう言った。

すると、姑が憎々しげに言った。
「夏子さんは、仕事だけじゃなく、栄一にも、私達家族に対しても冷たいんですよ!こんな大事(おおごと)すら我関せずで素知らぬ顔して。」
……オオゴト、ですか?

「栄一さんがご無事でよかったと心から安堵してますが……」
何を求められているのか、皆目見当がつかない。
とりあえず、謝ってればいいのかもしれないけど、意味もわからず謝れるものでもない。

困っていると、舅が尋ねた。
「夏子さんは、防衛大学校を出た幹部が、みんな揃って出世していくとでも思っているのだろうか。」
……さすかにそれは無理だろう。

ピラミッド組織で、上に行ける人数は極々わずか。
首をかしげて、夫に救いを求めた。

「定年までに1佐になれるのは30%、将補以上はわずか数人しかいませんが、これはほとんど成績順です。……昔のように軍功で挽回する機会もありませんから。」
夫がそう説明してくれた。

「ああ!ハンモックナンバーというやつですね!旧海軍伝統の。」
そう言えば、夫の成績は聞いたことがなかった。
……聞かなくても、成績上位なら艦艇とか潜水艦とかパイロットとか、花形ポストを選ぶと思っていた。
夫が後方勤務と聞いて、たいした序列ではないと勝手に勘違いしていたようだ。

「栄一は4位よ!上に立つ人間だったのよ!それを、こんなことで……」
ウワーッ!と、姑が感情的に号泣した。
慌てて夫が駆け寄り、姑の背中を撫でて、しきりに謝った。
姑は、声を挙げて泣きながら、夫をポカポカと叩き続けた。

……4位で、経補幹部……。
逆に首をかしげたくなった。

まあ、『銀河英雄伝説』でもキャゼルヌは補給で中将になってたけど。
でも夫の異様なまでの穏やかなエリート臭は、そういうところにも由来してるのだと得心した。
私は自衛隊はほぼ軍隊だと思っていたけれど、夫にしてみれば省庁の1つに過ぎず、意識は官僚なんだ。

夫にとって肩書きは、目標とプライドだったのかもしれない。