いつも通りのブレンドを小門に出す。
黙ってる小門に小声で聞いた。
「仲人の件、どうなりました?」

「あ~。玲子に相談したら、めっちゃ泣かれた。どうしよう?」
……なんで、先に玲子なんだよ。
「真澄(ますみ)さんには?」

小門は俺の質問には答えず、コーヒーに口をつけた。

しばらくして、ポツリと漏らした。
「玲子の言う通り、会社を辞めて、ちゃんと離婚しとったら、もうちょっと落ち着いとったんかな。」
俺は心の中で舌打ちした。

小門は真澄さんを捨てて玲子と暮らし始めたが、法律上は離婚はしていない。
真澄さんの産んだ頼之(よりゆき)くんが会社を継ぐまでは、会社を守り離婚しないことを条件に、玲子といることを黙認されている状態だ。

つまり少なくともあと20年、玲子は内縁の妻で、玲子の産んだ伊織(いおり)くんは婚外子ということになる。
玲子はそれがおもしろくなくて、小門に八つ当たりしているのだろう。
……何の慰謝料請求も、頼之くんへの面会も求めない真澄さんとはえらい違いだ。

「どうせ式と披露宴の数時間だけだろう?真澄さんにお願いしろよ。」

小門はやるせない表情で首を横に振った。
「真澄はいつでも受け入れてくれるやろ。許さんのは玲子だよ。また自殺未遂されちゃ、こっちの身がもたんわ。」

……また、なのか。
たまらないな。

「あんな女と関わったがために、苦労するなぁ。」
そうぼやいた俺に、小門は苦笑した。
「こんな女にしたのは俺の責任だって言われてるよ。」

……玲子のやつ……。
幼なじみだからよくわかる。
あいつは、子供の頃のままだ。
気に入らないことがあると、拗ねる、暴れる、泣く。
他人(こいつ)のせいにするんじゃねーよ。


2人して黙りこくってると、蝋のように白い顔をして妊婦さんが近づいてきた。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです。」

「お口に合って何よりです。……立ち眩(くら)みとか、されてませんか?少し顔色がよくありませんが。ご自宅はお近くですか?」

途中で倒れられられたら怖いな、と、そう聞いてみた。
妊婦さんは静かにほほ笑んだ。
「ありがとうございます。近くなので大丈夫です。では。」
店を出た彼女は、顔を上げて挑むような目つきで力強く歩き出した。



……それっきり、彼女は店には来なかった。
ただ、数日後に駅近くで彼女を見かけた。
小さな子と手をつないで幸せそうに笑っていた。

何となく、ホッとした。
お腹の中の子も、お母さんには笑っててほしいよな。
お幸せに。

その時のお腹の子が、後年、頼之(よりゆき)くんの奥さんになるわけだが、それはまた別の話。