とりあえず、酒を飲む。
灘の生一本。
加水なんか糞くらえ、だ。
酒は原酒が一番!
しみじみと味わう独り酒。

……急に自分の年齢を思い出して、少しブルーになった。
昔風にカウントすると、新年は1つ歳をとるんだもんな。
満年齢でも、今年は36歳になると思うと、感慨深い。
独身貴族なんて言ってられないのにな。

結局、その夜、なっちゃんは帰って来なかった。


翌朝は早起きして、1人で初詣に行った。
神頼み、というわけでもないけど、この状況を打破したい気持ちはあった。

しかし、おみくじは「凶」。
待ち人の欄には、去る、とだけ書かれていた。
……大当たりだろ、これ。

俺の前から去ってしまった、なっちゃん。
なっちゃんがどこから見てたか、どう感じたかもわからないけれど、実際に去ってしまったという現実はどうしようもない。
現れても、うまく説明できない気がする。

いつまでも女々しく、こんなはずじゃなかった、プロポーズするつもりだった……と自分に言い訳するのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
しょうがないじゃないか。
俺は完全に諦めの境地にいた。



正月休みが終わった頃、なっちゃんがようやく姿を見せた。
わざわざ忙しい時間帯をねらって、店にやってきたようだ。
「いらっしゃいませ。」
いろんな葛藤はあるけれど、全てを営業スマイルで包み隠した。

「こんにちは。マスター。」
他人行儀な挨拶に、胸が痛んだ。

「……お久しぶりですね。いつものブレンドでよろしいですか?」
なっちゃんは、黙ってうなずいた。

口元は微笑をたずさえていたけれど、その目はまったく笑ってなかった。
アルカイックスマイル、怖いよ。
俺は何を切り出されるのか、ビクつきながらコーヒーを入れた。

他のお客様が話しかけてくださるので、気まずくはないし、なっちゃんの前にいる必要もないのだが……意識は完全になっちゃんに集中していた。

なっちゃんは目を閉じて静かにコーヒーを飲んでいた。
そして飲み終えると、さっさと席を立った。

レジに向かったなっちゃんを慌てて追う。
「お急ぎですか?」
そう聞きながら、なっちゃんの名前を記したコーヒーチケットをちぎった。

「ええ。京都から来てますので。」
目を伏せて、なっちゃんはそう言った。
京都?
早過ぎだろ。
4月からじゃないのか?

「お引っ越しされたのですか?……淋しくなります。」
どう言えばいいのかわからない。

やっとなっちゃんは俺を見てくれた。
でも、その目は暗かった。

「今まで、ありがとうございました。」
そう言ってなっちゃんは、そっと俺に鍵を返した。