きらと二度目やったのは、真昼だった。
 小説に手をかけたが、やめた。そうだ。慧に電話をしよう、と思ったが、俺はあいつの電話番号を知らなかった。そして、斉藤慧、という名前に、苗字と名前合わねえなって思った。けど、あいつの顔を思い浮かべると、なんだか、しっくりきた。やっぱ、あいつ、斉藤慧だって思って、一人笑った。
 仕方なく、久々の小説に手をつけた。…何にも思い浮かばねえ。毎日が明るくなればなるほど、俺が俺らしくなくなるほどに…いや、待てよ。これこそが本当の俺なのかもしれない。今更気づかされた俺は、はっとして、俺、バカだなって思った。小説は、だんだんと書けなくなった。俺は、小説の中から、飛び出してしまったのだ。きっと、そうだ。

 慧と会ったのは、土日を挟んで二日ぶりだった。不思議と気まずさはなかった。俺は、あいつを受け入れているのかもしれない。わからないけど、二人ともに、普通だった。昨日があるから、今日があるように。今日が過ぎれば明日がくるように。俺が、こんな生きることに前向きになったのは、きらと出会った、この一ヶ月だ。
「お前、小説書いてるんだって?興味あるんだけど。」
慧の第一声。
「なんでお前、知ってんの?」
「あー。俺の幼馴染がみずのきらとクラスメートなのよ」
俺は思った。俺はきらの学校の名前すら、知らない。普通、好きな人のことは全部知ってたいはずなのに。なんか、知らなくてもいいという空気が、俺ときらの中にはある。俺の中だけかもしれないが。
「そうなんだ。慧の幼馴染かー」
「見せろよ」
「今度な。今、持ってねえから。」
嘘ではなかった。
「それよか、お前の幼馴染って男?会いたいな」
いつの間にか、俺は慧に興味を持つようになった。だって、この男は不思議だ。
「いいよ。」
3文字。自分で言ったのに、意外な答えだった。

 きらに、慧の幼馴染のことを話した。
「あー。友季ね。知ってるよ」
俺は、呼び捨てで呼んだことにちょっと嫉妬したが、きらは話を続けた。
「見してよ。小説。」
「いいけど…」
「何渋ってんのよ?」
「…うざい」
思わず、言ってしまった。きらは泣いた。声を出さずに、ただ、目から水がぽたぽたと落ちた。俺は、儚い水だ、と瞬間に思った。

 家に帰ると、俺は自分のしたことを受け入れていた。不思議に。そして、今度謝ればいい、と案外楽観的に考えていた。
 それより。小説が書けない。理由はもうわかっている。俺は、選択の余地があると迷う。そして俺は、縛られる苦しみに快感を感じている。いや、感じざるを得なかったのかもしれない。わからない。つまり、今俺には選択の余地がありすぎるから、小説が書けないのだ。
 
 慧が、友季を連れてきた。俺は、きらを連れている。きらはにこにこしていて、謝らなくいいやって気になってしまった。友季は、俺と似たものを感じた。
 帰り道きらと二人。
「ゆうり、ごめんね。結婚しよう」
「いいよ。」
俺はどっちに対してのいいよなんだろ?と思いつつ、いいなーって思った。

 慧が、次の日、
「友季は俺が前に好きだったんだ」と言った。
「そう。」
全然、驚かなかった。慧も、それに対して何の反応も求めていなかった。けど俺は、慧はきっと友季のような人が守ってくれるだろう、と思ったが、友季にその気があるかは不明だった。