え。なに。
拓哉は、なにを言い出したの。
全身の震えが止まり、硬直する。

「この理恵子とようやく今日、婚約した。五年後に結婚するんだ。彼女が本命だから。理恵子以外になにも欲しくはないから」

世界から色が消えて、モノクロになったような瞬間だった。
驚きで、涙さえ出てこない。

「君とはもう会わない。悪いけど……このまま帰ってくれないか」

それだけ言うと、拓哉は私から目を逸らす。

「そんな。…………私は……」

息苦しくて、まるで水の中に沈んだよう。声もうまく出せない。

「早く行ってくれ。君はここにいちゃいけない。どうして来たんだ。……行けったら!」

「あ……」

拓哉の声の大きさに驚いて、ビクッと身体が揺れた。
ようやく溢れだしてきた涙で、彼の姿がにじんでぼやけた。

そのまま、ゆっくりと彼らに背を向けると、私は一気に走り出した。
悲しみで、身体が壊れそうだった。
このまま、泡になって消えてしまいたい。

拓哉のことを、思い出せないほど遠い空へ、飛んでいきたい。

愛する人の拒絶が、こんなに苦しいならば、私はもう二度と誰かを愛さない。

泣きながら必死で走る私に、雪が降り積もる。
薄暗くなってきた街に、イルミネーションの光が灯りだす。
ふと足を止めてそれを見る。再び視界がにじんできた。

「うっ……。うう。うー。……ひっく」

微かな声を出して泣く私の横を、すれ違う人たちは知らぬ顔で通り過ぎて行った。私はそのまま、地面にへたりこむように座ると、泣き崩れた。指先まで凍えそうな、冬の夜。この地面の冷たさを、私はきっと忘れない。

そんな私を、イルミネーションの輝きが、そっと照らしていた。