「どうしてここに……?」
彼が私に近づこうと、足を踏み出した。
「私は……拓哉のことを、信じていたわ。信じたかった。だけど……ずっと怖かった。いつもなにかに怯えていたの。……その理由が今、分かった」
「芹香?」
「あなたは私の前から、いなくなるつもりだったからなのね。私と過ごしている間も、彼女を想って探してた。その気持ちが私に伝わったから……きっと……こうなる予感がしたのよ。釣り合わないから、自分に自信がないだけだと思っていたのに」
一気に告げたあと、震える唇を噛んだ。
「違う。今日のこれは、今だけのものだから。父さんたちが、米永倉庫という会社に騙されて、会社を取られるところだったんだ。株主の信頼を得るために……」
「さっきはっきり聞こえたの。会えてよかったって。その女性が好きだって。それに……ニュースで見たわ。婚約するって」
あなたと過ごした、夢見るような日々。私を抱く腕の熱さ。掠れた声で紡がれる、甘い囁き。
すべてを嘘だと思いたくはない。だけど。彼の心の奥には、いつだって彼女がいた。
心配そうな顔で私を見つめる女性を、拓哉越しに見る。
身を引かなければならないのは、きっと彼女ではなく自分の方だと思った。
私は、拓哉のことをなにも知らない。実家も、家族も、過去も、現在だって。
長く一緒にいられないのなら、もちろん私が知る必要もない。話す必要なんてなかったのだ。家業についても、彼から私に語られたこともない。