「いや。彼が赴任してまだ日も浅いのに、反響が凄いからさ。女性社員は皆、彼の噂をしている。彼に一番近い場所にいる君もそうなのかなって、そんなつまらないことを考えてしまってさ」
私はなにも言えずに、佐伯さんの顔を凝視した。
「……参ったな。こんなおじさんが嫉妬するのはやっぱりみっともないね。余裕がないんだ。君は若いから……不安になる」
照れたように笑いながら、佐伯さんは俯いた。
「いえ、そんな。……私は……主任をそんな風には……見てはいなくて……」
それだけ言うのがやっとだった。
実際は、隣にいるだけで息も苦しくなるような毎日だから。
「はは……っ。そうだよね。君はそんな子じゃない。男性を見て騒ぐような、浮かれた真似はしないよね。……馬鹿だな。分かっていたのに思わず聞いてしまって……」
「佐伯さん……」
「どうやら俺は、自信を失くしかけているみたいだ。星野くんみたいな男を見ると特にね。君を……まだ、俺のものにできないからなのかな」
彼に言われ、あの日のホテルから見た夜景の光を思い出す。
拓哉の声が、頭の中でこだました、切ない夜。
拓哉の顔がちらついて、佐伯さんを傷付けてしまった。
そんな自分が、とても嫌な人間に思えた。