親密になるはずがないと思い込んでいた彼女を、富樫の告白を聞いたことがきっかけで、心の中に受け入れてからの俺は、その後容易く芹香に惹かれていった。
イベントスタッフとして一生懸命に働く姿。
喧嘩のカップルに果敢に立ち向かった、勇気。
俺を見つめるいじらしい視線。
真面目で真っ直ぐな、彼女の全てが美しく思え、日増しに芹香が愛しくなる。
『俺さ、彼女ができちゃった。芹香ちゃんは諦めるわ』
その後間もなく富樫に言われ、安堵する。
すぐに芹香に告白すれば良かったのだが、そうしなかった。
何ヶ月も気持ちを伝えなかったのは、彼女からの想いを、ふとした瞬間に感じることが嬉しかったからなのだろう。
彼女の口から想いが溢れて、こぼれ落ちたあの瞬間。
誰よりも、何よりも芹香が大切で、感激で胸が締め付けられた。
思わずキスをしてしまったときに、驚いたあとで芹香が嬉しそうに笑ったあの顔を、もう一度見たい。
だが、そんなことを今さら願うのは、虚しいだけだ。
どうしてもっと、必死で手を伸ばさなかったのか。
自分を信じてくれていると自惚れて、なりふり構わず彼女を追わなかったことを、あれから激しく後悔した。
俺が独占し、癒されてきた笑顔は、今は佐伯課長に向けられている。
「主任。このデータ、項目が違ってますよ。容積でいいんですかね?」
過去の出来事に思いを馳せていた俺に、現実世界から聞こえた君の声。それはあまりにも事務的に聞こえた。
「え……っ。あ、ああ。そうだね。ごめん、修正を頼むよ」
「はい。分かりました」
無表情のまま、彼女はパソコンに向かっている。
もう一度、笑ってほしい。
俺が君の全てなんだと、感じさせてくれるあの笑顔に……会いたい。
他の誰かのものだなんて、信じられない。
俺は芹香を見つめながら、そんなことを考えていた。