なにを話せばよいか分からない。
先程から彼女が、俺を好きなのではないかと思い始めてからは、話のネタがますます思いつかなくなった。
それから、二人で無言になった。
女性に対して、これほどまでに息苦しさを覚えたことなど今までになかった。
いつもの俺ならば、たとえ話が合わなくても、相性が悪くても、うまくやれているはずなのに。
俺は、彼女を避けるようにフロアーに出ると、テーブルの備品の補充を始めた。
芹香はそんな俺を、時折黙って見つめていた。
そばにいるのが、苦痛だと思った。
あの視線を、受け止めるのが辛い。
彼女の気持ちが、伝わってくる。じわじわと、真っ直ぐに。
「信じられない!もう、別れる!!意気地無し!」
「なんだと!」
そんなとき突然、窓際の席に座っていた客のカップルが騒ぎ出した。
俺と彼女は、驚いて仕事の手を止めてそちらを見た。
「あんたなんか、最低よ!軽蔑するわ」
「このやろ!もう一度言ってみろ!」
立ち上がり、睨み合う二人を、俺はただ驚いて見ていた。
そのとき、そんな俺の目の前を芹香がすっと通り過ぎて、窓際に向かって駆けて行った。
え。
一瞬の出来事だった。
パシッ。
カップルの男が、手を振り上げ彼女を叩いた直後。
頬を押さえて彼を見返したのは、言い争っていた彼女ではなく、芹香だった。
どうやら、彼女をかばってとっさに前に出たようだ。