「拓哉。これからふたりで、会社を守っていきましょうね。もちろん、奥さんとしても私、頑張るわ」

理恵子に目を向ける。
にっこりと微笑む彼女に、俺も微かに笑ってみせた。

過去に囚われて身動きできないでいる心中を、決して知られたりはしないと誓う。

これから、佐伯課長と芹香の間に何があっても、動じないふりをする。
君を突き放し、そう決めたのは自分自身なのだ。

理恵子と幸せになるよう、君は願ってくれた。それが彼女からの、最後の頼みだから。

「きっと幸せにするよ。会社も君も、大切にする」

理恵子はなにも感じないのだろうか。芹香を好きな俺との結婚を、本当に望んでいるのか。
だがたとえ、嫌がったとしても、彼女にも選ぶ権利などないのだと思い直す。彼女にとっても、逃げ出せない立場は同じだ。

「ええ。これで北陵エクスプレスは、誰の手にも渡らない。すべての社員のためにも、そうあるべきだわ」

テーブルには、結婚式場のパンフレットが無数に置かれている。
ここでの会話が、すべて現実なんだと実感する。

それらを横目で見ながら、ふと頭に浮かぶ、芹香のウエディングドレス姿。
薄いベールをそっと上げると、君は眩しい笑顔で俺を見上げる。それが可愛くて、幸せな気持ちで心が満たされていく。
ようやく俺の元へと来たんだな。ずっと待ってたんだ。心の中でそう問いかけるが、君はなにも答えない。